著者
近田 文弘 北川 淳子
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類・地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.40, no.5, pp.125-132, 1989-12

ガガイモ科の植物は約2000種が知られている。これらの種は主に熱帯を中心に分布しており,特にアフリカやアジアの熱帯には原始的と考えられる種を含め多くの種が分布している。ガガイモ科の分類を考える時,花の形態が重要な形質として取り上げられて来たが,取り上げられた形質は,顕微鏡レベルの組織や構造にまで立ち入ったものは少ない。近年ではSAFWAT(1962)が指摘するように,顕微鏡レベルで花の構造を比較しようとする研究が行なわれるようになったが,それはほとんどアメリカ合衆国に特徴的に分布するトウワタ属の植物を用いたものであり,アフリカやアジアの植物を対象としたものは極く少ない。タイ国は東南アジアの大陸と熱帯の島々の中間に位置し,アジアの熱帯のガガイモ科を研究するのに好適な場所であるCRAIB(1951)はタイ国で42属146種のガガイモ科植物を報告している。筆者の一人近田は1982年以来三回にわたってタイ国でガガイモ科の調査を行い,顕微鏡レベルの花の構造を研究する材料の採集に努めたが,ガガイモ科の植物は,ガイガンダバコCarotropis gigantea BR.のようなタイ国北部の路傍に雑草のように生える潅木のような種は別として,多くの種の花を野外で容易に採集することはできないものであった。また種の同定には隣接する中国の植物を比較する必要も多いと考えられる。中国のガガイモ科の分類の研究について最近情報が効率良く得られるようになり,我々は中国の研究者と共同研究も行なえるようになった。このような状況を背景として,タイ国のガガイモ科植物の花の顕微鏡レベルを主とする形態を比較し,その知見を積上げてタイ国産ガガイモ科の分類を研究することにした。本報文はその研究の最初として,Dischidia raffresiana WALL., Marsdenia glabra COST., Secamone ferruginea PIERRE ex COST.の3種の花の構造と分類形質のいくつかについて記載したものである。Dischidia raffresianaは樹木にはい登るつる植物で,長さ5-7mm,巾3-5mmの小さな壺状の花を着ける。花は小さいが,その構造は複雑で,特に雄蕊の背部から発生する副花冠は複雑な形態を示す。また,花冠筒の咽頭部の内側に花冠筒の膨大したものがみられる。花粉塊は扁平で長楕円形をしており,二個が小球と花粉塊柄で連結して直立した双花粉塊を形成する。この植物の葉は厚い革質で,長さ6-9cm,巾2-6cmの袋状のものが茎の下部に密生していおり,長く伸びたつるの上部には長さ1.5-2.0cm,巾1.0-1.8cmの小型の葉が長い節間を置いて着いている。袋状の葉の空所には蟻が巣を作っていて,この植物を採取することはとても大変である。多分,花粉塊は蟻によって運ばれると予想されるが,その仕組みは分からない。本種はガガイモ科の中の顕著な蟻植物myrmecophyteと考えられる興味深い種である。Marsdenia glabraは,ソメモノカズラMarsdenia tinctoriaと同属の植物で,低山帯の潅木材のつる植物である。外観は,Dischidia raffresianaに似た壺状の小花を着けるが,副花冠は後者に比べて簡単な形態をしている。花冠筒の内側に突起状の膨みがあることや,長い毛が密生していることは後者と同様である。この種は,幾つもの場所で採集することができ,標本庫に蓄積された標本の数も多かった。タイ国では広く分布する種のひとつであるらしい。Secamone ferrugineaは,つる性の植物で5弁に平開した黄色の小さな(直径5mm)花冠を持つ。Secamone属は,4個の葯室が一個の葯内に生じることで,2個の葯室を持つグループより原始的と考えられている。この種の葯も4個の葯室を持っているが,その内2個が大きく,他の2個は明らかに小さい。4個の花粉塊が一組となる。花冠裂片の内側基部には2個の小豆状の突起がある。3種に共通な形態として,花粉4分子は線型で,花粉塊中の花粉の数は夜来香やイケマに比べて少ないこと,胎座式は亜周辺胎座で胚珠の数も花粉の数同様少ないこと,雄蕊の背面から生じる雄蕊性副花冠の他に,花冠筒の内側や花冠裂片の内側に生じる突起があること等であった。花冠筒や花冠裂片の突起をどのような構造として理解するかは今後の問題であるが,SAFWAT (1962)の見解に従って,本報告では,これらのものを花冠性副花冠としておきたい。

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