著者
安藤 隆之
出版者
中京大学
雑誌
文化科学研究 (ISSN:09156461)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.13-42, 2001-12-20

時間を遡るが、1998年夏、豪日交流基金から日本におけるオーストラリア文化のイメージ調査の依頼があった。限られた時間と予算を前提とするもので引き受けるについては迷いがあった。しかしこれまでのオーストラリア政府の協力に感謝する意味でお役に立ちたいという思いと、オーストラリアの劇場研究のプラスになるかもしれないという気持ちから引き受けることにした。調査の結果は『日本におけるオーストラリア芸術のイメージ調査』 (オーストラリア大使館文化部出版) としてまとめられた。翌年にはその追跡調査 (第二次調査) を実施し、日本におけるオーストラリア文化政策への提言という形で「第二次レポート」 (final report) を作成した。この二つのレポートはオーストラリア議会に<Ando report>として提出され、豪日交流基金の活動実績として評価されることになったが、筆者にとっては望外の名誉であった。さて、オーストラリアの芸術文化を日本で普及させるための調査をオーストラリアにおいて実施するのはなぜか。開拓すべきマーケット (市場) は日本ではないのか。この疑問に答える必要がある。芸術文化の輸出入 (貿易) は一般の商品取引と異なり、社会貢献活動と言うべきだろう。たとえば、日本でオーストラリアの芸術文化として普及しているものに、工芸品ではオパールを使ったアクセサリー、音楽ではアボリジニの伝統音楽がある。しかし1998年の「オーストラリア年」では、絵画展やオーストラリアのバレエ (ダンス)、クラシック音楽が紹介された。オーストラリア大使館としては伝統的芸術ジャンルにおいても欧米に負けない水準にあり、できれば今後オーストラリアの美術品の展示会や舞台の招聘公演を企画してほしいという期待があった。欧米に対する対抗意識も強く感じられたが、結果として日本はその期待には応えられなかった。その矢先、貿易省は世界に配置されている大使館に対してアートマーケットの現状報告を求めた。筆者に依頼されたイメージ調査はこうした背景から実施された。筆者はオーストラリア大使館と豪日交流基金のスタッフとも相談して、限られた時間と予算の範囲でもっとも有効な調査方法を検討した。筆者としては単なる調査に終わらないものにするために、第二次調査を含む調査デザインを提案した。豪日交流基金所長だったテリー・ホワイト氏はこれを高く評価してくれた。筆者は玉井祥子氏と協力して、直ちに調査を実施した。その結果、本国政府への報告が間に合ったことは言うまでもないが、意味のある調査になったものと自負している。調査で判明したことは多々あるが、例えば映画分野の広報が不足していること、日本のマーケットに受け入れやすい芸術ジャンルから攻めるべきであるという提案をした。豪日交流基金のホームページではただちに映画紹介が始まった。しかし今後オーストラリア側の期待に答えるべく協力を惜しまないとしても、オーストラリアの関係者が本当に期待しているものは何か。オーストラリアの芸術関係者が日本においてどのようなオーストラリア芸術が普及すればよいと期待するのか。国家としては自国の文化的ステイタスを称揚することは外交上必要であるが、両国の文化的関係を深めていくには文化的ステイタスの確認に終わっていいはずがない。それは始まりに過ぎない。オーストラリア国民は自国芸術をどのように受けとめているのか。とりわけオーストラリアの芸術家が考えていることを広範な日本人芸術愛好家に理解してもらう必要があるのではないか。しかし筆者の調査は国民的レベルにおいて行うものではない。それは個人研究の限界を越えるものである。筆者の目的は、専門家レベル (公共文化施設の企画担当者、美術館のキュレーター、劇団のマネージャー、教育現場の関係者) において何をすればより効果的かを発見し、実務的で即効性のある文化政策的提言を作成することにある。総論的長期的ではない個別的短期的な具体的施策を立案することにある。他方、一連の調査の副産物として、1つの文化 (culture) が二つの異なる国民 (nation) においてどのように共有されているか、あるいは非共有されているかを分析する機会となった。比較を通して双方の考え方が浮かび上がり、とりわけオーストラリア人の考え方が発見でき、筆者のオーストラリア研究に貢献する結果となった。

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