著者
葛西 俊治
出版者
札幌学院大学
雑誌
札幌学院大学人文学会紀要 (ISSN:09163166)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.85-141, 2006-11-16

身体心理療法は20世紀前半,W.ライヒが「筋肉の鎧」という現象,すなわち心的外傷体験が身体を鎧化して固め浅い呼吸へと陥らせることを見いだして始まった。しかし,フロイトの精神分析は,抑圧された心的外傷が目に見える形で身体に刻み込まれることを無視し,心的で実体的ではない夢の分析および自由連想のみを用いることになった。身体心理療法の歴史は学究的な意味では悲劇的な始まりとなったが,心理学における身体的要因が全面的に見捨てられることはなかった。たとえば,A.ローウエンによるバイオ・エナジェティックス,ダンス/ムーブメント・セラピー,センサリー・アウェアネスなどは,人間の身体が無意識内界を映し出すという身心連関を明確にすることによって身体心理療法の有効性を示している。最も特徴的な身体心理的問題とは,ライヒが述べたように身体的こわばりであり深いリラクセイションに至れないことであるため,実践的な身体心理療法はどのような形であれ効果的なリラクセイション方法を伴う必要がある。日本における卓越した三つの身体心理的アプローチ,すなわち,1)他者の身体に働きかけるべく真正の声を回復するための竹内敏晴レッスン,2)野口三千三によって開発された体操の一種で,リラクセイションが決定的に重要だとする野口体操,3)土方巽によって1950年代に創始された前衛的な舞踊形式である暗黒舞踏,を研究し経験し実験化することによって,それらがいずれも身心の緊張緩和に優れており,同時に,1)竹内レッスンにおける単純なリラクセイション課題ですら,社会的に条件付けられた無意識的身体反応のために,ほとんどの人には困難な課題であることを実験的に見いだしたこと,2)野口体操の全く新しい身体概念-「人間の身体は皮袋でありその中に骨や筋肉や内臓が浮かんでいる」という感覚は,身体の意識的制御を効果的に放棄することによってのみ体感されること,3)抑圧されて無意識界の深みに埋められている心的外傷体験は,痙攣や発作的な動きや引きつけといった社会的に忌避される非日常的な動きとして,心理療法的な舞踏の場における自然な自律性運動として体験されることによって安全に把握されること,以上の内容を筆者は確認してきた。これら三つのアプローチを統合し,キーワードに関連した精神医学的および心理学的研究を考慮に入れ,実践的な身体心理療法として新たにボディラーニング・セラピーが展開されてきた。それは特に認知行動療法的アプローチとともに下意識の世界に向けた非催眠的な暗示機能に基づくものである。「からだあそび・リラクセイション・対峙」という三つの局面から構成され身体的な動きと身体心理的なエクササイズを用いるボディラーニング・セラピーは,身体心理的な問題を主訴とする広範囲の人々に極めて適切なアプローチであることが見いだされている。

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