- 著者
-
堤 純
- 出版者
- 経済地理学会
- 雑誌
- 経済地理学年報 (ISSN:00045683)
- 巻号頁・発行日
- vol.53, no.5, pp.478-489, 2007-12-30
- 被引用文献数
-
1
近年,オフィスの空室率や地価水準といった経済状況を示す代表的な指標をみると,札幌の経済は1990年代後半以降に進んだ深刻な不況からの改善傾向がみてとれる.しかし,これが本当に札幌の今後の更なる成長や発展を意味するかどうかは疑問である.1972年の札幌冬季オリンピック開催とそれに並ぶ地下鉄南北線の開通および政令指定都市化が続き,この時期に札幌駅前通りを中心にビルの高層化が著しく進展した.これらのビルの多くは旧財閥系の大手資本によるオフィスビルであった.これらのオフィスビルには,本州から数多くの企業が進出し,札幌の成長は長らく「支店経済」によって支えられてきた.1990年代後半以降,北海道経済は深刻な不況に陥った.これまで札幌の成長を支えてきた支店経済そのものが縮小することが懸念された.一方で,新たな成長産業の柱として,IT関連産業の発展および,北海道大学周辺への同関連産業の集積(「サッポロ・バレー」)がみられた.確かに,従業員規模の小さいIT関連事業所の新設や集積は確認できるものの,この産業が札幌の成長を牽引するほど強固なものとはいえない.また,近年の札幌では確かに「情報通信業」の従業者数や事業所数は増加傾向にあるが,新設だけでなく廃業も高率で推移することが指摘されている.中でも,コールセンターの従業者は急増しているものの,同時に関連する派遣従業者(非正規雇用)の増加も深刻な問題となっている.深刻な不況がさけばれる中,札幌市内には,2000年以降も新規のオフィスビル建設が続いた.JR札幌駅前に2003年に竣工したJRタワーは,札幌では最高の立地条件を備えたオフィスビルといえる.JRタワーに入居するオフィスに関して特筆すべき点として,ホテルや各種オフィスの中に,東京から進出したコールセンターが複数階に渡って入居していることが挙げられる.これは従業員の技術水準が立地要因ではなく,単に東京に比べて安いオフィス賃料水準や安い人件費に起因する企業進出と考えられる,一方,北海道内の周辺市町村(とくに農村部)では深刻な不況に拍車がかかっている.「札幌で働く」あるいは「札幌の一等地にあるJRタワーで働く」ということは,有望な就職先に乏しい北海道の周辺市町村の若者にとって非常に魅力的である.札幌で働けるのであれば,職種や雇用の形態は大きな問題とはならない傾向にある.進出企業にとっては,札幌の一等地にオフィスを開設することで,人材確保の問題を克服できる利点もある.また,札幌のオフィスビル内部でのテナント移動を詳細にみてみると,多くのビルにおいて空室率の上昇が確認できた.中でも,敷地面積の狭小な個人所有のビルや,建築年次の古いビルにおいて空室率が高い傾向が確認できた.かつては最高の立地条件と言われた札幌駅前通り沿線や,そこから1ブロック奥の通りにおいても空きテナントが目立つ状況となっている.一方で,近年竣工した複数の大規模オフィスビルの殆どで空きテナントはみられない.生駒CBREのデータによれば,札幌のオフィス事情は向こうしばらくの間は好況が続くとみられている.その理由は,北海道内の他都市に立地する支店の札幌支店への統合・再編や,札幌市内の都心周辺部(創成川東や西11丁目周辺等)から札幌市都心部への拡張移転や館内増床の動きが顕著にみられるからである.これらの動向をみる限り,札幌は今後も成長を続けると判断することも出来るかもしれない.しかし現状は,北海道内における札幌の一極集中の加速とみるべきであり,今後も持続的な成長が見込めるかどうかは不確実とみるのが妥当であろう.