著者
中村 克典
出版者
森林立地学会
雑誌
森林立地 (ISSN:03888673)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.21-26, 2014-06-25

東日本大震災およびこれに伴う巨大津波が東北地方太平洋沿岸地域にもたらした被害については筆舌に尽くしがたい。この地域の,特に砂丘海岸地を広く覆っていたクロマツを主体とする海岸林は,風や砂,塩の害から沿岸の生活を守り続け,さらには津波に対する防災効果も期待されてきたものであるが,今回の災害では「壊滅」とも表現される激甚な被害状況を呈するに至った。この事態,というよりむしろ「壊滅」というキャッチコピーとともに伝えられたショッキングな映像の印象により,「海岸林は役に立たなかった」「そもそも,マツの植林がよくなかった」といった画一的な観念が人々の間に広まってしまったことに,長く海岸林に関わってきた研究者の多くは強い危機感を感じている。東日本大震災津波により「壊滅」したとされる海岸林であるが,実際に発生した被害の状況や形態は地域により様々であり(中村,2011),一概に壊滅・消失したわけではない。また,津波被害を受けた樹木のほとんどがクロマツ・アカマツ(東北地方太平洋沿岸では,磯浜海岸を中心にアカマツが広く分布する)であったのは事実だが,それは単に元の海岸林でのこれらの樹種の優占度を反映したものに過ぎず,マツが他樹種に比べ津波に弱いことを示しているわけではない。一方,マツであれ他の樹種であれ,被災直後には生き残ったように見えた木でも,津波に伴う海水への浸漬と土壌への塩類の付加,海砂のよ堆積,漂流物衝突による物理的損傷などで生じたストレスにより時間をかけて衰弱が進行する可能性があり,一時期での観察結果をもって津波による樹木被害のあり方を断ずることはできない。結局のところ,海岸林を構成する樹木,中でもその主体を成していたクロマツ・アカマツが津波に強かったのか,弱かったのかを判断するには,様々な条件下におかれていた木について,一定期間の継続的な調査を実施して,科学的な検討に耐えるデータを集積する必要がある。そのような観点から,筆者らは青森県から宮城県にかけての樹種,樹齢や津波被害状況の異なるクロマツ・アカマツ林に固定調査区を設置し,マツの衰弱・枯死経過に関するモニタリング調査を行った(中村ら,2012)。しかしながら,そのような科学的な検証を経た結論が示されるより前に,被災前の海岸林で主体となっていたクロマツ人工林に対する否定的な見解が広く行き渡り,反動として広葉樹を主体とした海岸林再生が主張されるようになった(磯田,2013;齋藤,2013)。あるいは,技術的に確立されたクロマツ植栽を中心に海岸林再生を考えようとする立場からも,より高い防災機能や松くい虫被害への備え,ないし多様な生物相の醸成といった観点から広葉樹の導入・活用に向けた期待は高まっている(日本海岸林学会,2011;東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会,2012)。海岸林への広葉樹導入についてはすでに相当な研究の蓄積があるが(金子,2005:宮城県森林整備課,2012),津波影響の残る海岸砂丘地や決して理想的とは言えない外来土砂による盛土面など,津波被害跡地という特殊な状況下での植栽技術については,広葉樹のみならずマツに関しても再検討されることが必要であろう。実際,すでに多くの研究機関や団体がそのような観点からの試験植栽に取り組んでおり,森林総合研究所東北支所は東北森林管理局と共同で青森県三沢市の津波被害跡地に海岸防災林植栽試験地を設定し,広葉樹を含む植栽木の活着・成長やその生育基盤である土壌環境について調査研究を行っている。本稿では,森林総合研究所東北支所が取り組んでいる上記の試験研究について,2013年3月28日~29日に開催された森林立地学会現地研究会での訪問先との関連で説明する。ただし,ここで示す内容には未公表のため詳細を示せないものや,調査継続中のため今後結論が変わる可能性のあるものが含まれる点,あらかじめご了承いただきたい。

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