- 著者
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中島 敦司
Nakashima Atsushi
- 出版者
- 三重大学生物資源学部演習林
- 雑誌
- 三重大学生物資源学部演習林報告 (ISSN:09168974)
- 巻号頁・発行日
- no.20, pp.41-99, 1996-03
- 被引用文献数
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多くの温帯植物は,絶えず変化する季節と同調(Synchronize)しながら,器官や植物自体の形態,生理的状態,成育ステージを進めている。生理的な状態が異なれば,温度や日長などの環境条件が同じであっても,植物の示す反応も異なる。また,障害などのストレスを受けない限り,成育ステージの進行は,その期間の長短の違いはあっても,ライフサイクルのなかでは決まった順序で進行する。一年生の植物で基礎的な研究の進んでいるイネOryza sativa L.では,成育ステージに則応したきめ細かい生産技術が開発されており,地域や年次差などに対応し,生産の不安定要因除去の方策が確立されている。この結果,イネでは,成育ステージを基準として,栽培地の緯度,標高,気象,成育状態などに応じた管理や植物調節がほぼ可能になっている。その際,成育ステージの推移は,通常,生物季節現象(フェノロジー)の変化として捉えられている。緑化および園芸植物では,開花調節実験を通して成育ステージの進行,転換が明らかにされる例が多い。これは,開花調節そのものが,成育ステージの調整に他ならないことを示している。しかし,得られた結果を,成育ステージと対応して議論し,技術上の指針として明示した報告はほとんどみあたらない。また,月別温度などの環境要因と関連させて緑化指針が論じられる例はあるが,この指針には地域差や年次差による緑化技術上の煩雑さが多い。特に,地球温暖化が危惧されるなか,過去の指標が整合性を失う場合の生ずる可能性すらある。テーダーマツPinus taeda L. やユリノキLiriodendron tulipifera L. などでは,水分要求,蒸散量が季節変化することが知られている。なかでも,高温期の8月よりも温度の低下する9月に多くの水を要求する現象は,休眠導入に向かう植物の成育ステージの進行と水分要求が同調していることを示唆している。したがって,9月も旱天が続く場合には応急的な散水で対応できる。ところが,緑化植物および工法に関する多くの解説書や技術書を著した近藤は,1992年の夏期のような旱天対策としては,1散水設備の充実,2耐乾性品種の採用などが有効であると報告している。これらは,確かに旱天対策としては効果的であるが,反面,施工コストの増大,植栽デザイソの制限を意味するもので,多様化した緑化のニーズに則した指針としてはあまり現実的でない。植物を少量の土壌で育成させる人工地盤上緑化工法,コンテナプラソツなどの鉢ものを直接設置する緑化工法では散水設備が不可欠である。しかし,わが国の降水量を考慮するならば,従来からの植え込み緑化工法では,散水設備の推進よりは成育ステージと対応した管理暦の方が現実的である。このように,成育ステージの的確な把握は,緑化推進の実際上,重要であるが,この点を明らかにした技術書は少ない。さらに,成育ステージそのものについても,現在,統一した理解は得られていない。温帯樹木の成育ステージは,成長期と休眠期に大別されることが多い。温帯樹木の芽における休眠現象を,アプシジン酸(ABA)などの休眠物質に制御される冬休眠として一元的にとらえようとした,VILLIERS,SMITH&KEFFORD,KRAMER&KOZOLOWSKIらの報告は,芽の休眠現象の統仙=一的解釈としては理解できる。しかし,休眠と成長との関連,とりわけ成長が再開した休眠解除以降のステージを内的成長期ではなく成長停止状態とする解釈には疑問がある。WAREING,ROMBERGERらの定義および解釈は,1960年代以降,多くの研究者に支持されてきたが,温帯樹木の芽の休眠現象をいくつかに分割するもので,休眠の定義そのものに問題がある。その後,KRAMER&KOZOLOWSKIや永田らによって,温滞樹木の芽の休眠現象はいくつにも分けられるべきでないと修正が加えられたが,わが国ではいまだにROMBERGERらの定義を支持する研究者が多い。仮に,成育ステージの重要性が認識されたとしても,ステージ自体の的確な判定を誤る可能性がある。また,ある種の植物が,みかけ上,特異的な反応を示した時,種や品種の特徴,性質として整理されてしまう場合もある。例えばFoxtailing現象は南方系マツ固有の性質であるかのように報告されてきたが,環境条件によっては北方系マツのアカマツPrunus lannesiana WILS.や,ウメP.mume SIBE. et ZUCC. などでも人為的に誘導される。また,サトザクラPrunus lannesiana WILS.や,ウメ P. mume. et Zucc.の開花と開芽の順位は,遺伝的に決まっていると報告されてきたが,実験的には開花と開芽の順位は容易に逆転する。これらは,成育ステージが環境との相互関係によって生じる現象的な変化であるにも関わらず,その植物種固有の性質と誤解されてきた例といえる。いずれにせよ,録化植物の成育ステージは,その変化のメカニズムが複雑なはかりでなく,これまでの報告だけでは十分な議論が困難であると考えられる。さらに,成育ステージの規定は難しく,関連するデーターを積み重ねる必要がある。筆者は本研究を足がかりとして,今後も緑化植物および林木における生物季節現像を明らかにしようとするものであるが,今回は,植栽される機会が多く植栽地域も広い,サザソカCamellia sasanqua THUNB.およぴサツキツツジRhododendron indicum SWEET の生物季節現象について検討したので報告する。本研究は,これら植物の緑化指針などを検討するものではないが,生物季節現象と,これに関わるメカニズムを明らかにし,地球温暖化にむけた基礎的な知見を得る目的でおこなった。