- 著者
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吉越 昭久
- 出版者
- 奈良大学
- 雑誌
- 奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
- 巻号頁・発行日
- no.23, pp.p111-122, 1995-03
近年、台風などに伴う大洪水は少なくなった。これに対して、特に都市域における局地的な豪雨によって、比較的狭い範囲での洪水が目立つようになった。また、都市域の拡大や、最近の降水量の減少傾向に伴って、現在では常に渇水の危険性に直面している状態にある。その典型的な例が、1994年夏における西日本を中心にした渇水であった。たとえ堤防の建設や河川改修がおこなわれても、ダムが建設され節水対策がかなり浸透しても、水災害が減少してきたとは考えにくい。むしろ、質を変えながら災害そのものは存続しているといえる。このような例は、各地でみられる。ところで、奈良盆地における開発の歴史は古く、史資料も他地域に比較して多く存在している。この奈良盆地には「一年日照りで、一年洪水」という言葉がある。その妥当性については後で若干検討するとして、この言葉は奈良盆地における水災害の多さを意味し、長い歴史の中でこの災害がくりかえされてきたことだけは確かである。このような観点からすれば、水災害を歴史的にとらえる場合、奈良盆地は都合のよい条件を備えているといえる。そこで、本稿では奈良盆地を例にとり、その主な水災害である洪水と渇水を中心に、その原因・現象・対策などについてその特徴を比較的長いタイムスケールの中でとらえてみたい。対象とする時期は、近世以降を主体とするが、統計的には7世紀以降について触れた。また、現在の景観に対して過去の水災害が多少なりとも影響を与えていると考え、それらの関わりについても検討してみたい。ところで、奈良盆地における水災害を扱った研究には、一般論としてその特徴を述べた堀井甚一郎や藤田佳久などがある。また、青木滋一は、飛鳥時代以降の気象災害に関する史資料をたんねんにとりあげ、コメントを加えている。これには、水災害も含まれていて、奈良県の災害史を考える上では欠かせない業績である。青木滋一は、これをもとにその後いくつかの研究をおこなっている。なお近年、古気候学の分野の研究が大きく進展し、水越允治などによって過去の気候が復元されつつある。これらの研究との対比によって、今後より正確な水災害の研究がおこなえる可能性がでてきた。また、歴史学の分野だけでなく、農学でも奈良時代における森林状態を研究し、その中で災害を扱った丸山岩三などもあげることができる。そこでは、京都に比較して奈良における災害が相対的に少なかったことが明らかにされている。このように、奈良盆地における水災害の研究は、歴史的な分野からのものが多く、最近の具体的な水災害を扱った研究は少ない。恐らく、昭和57(1982年)の洪水時の避難行動を扱った研究がある程度であろう。渇水については、小林重幸の他には、まとまった研究はないようである。