- 著者
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松尾 理也
- 出版者
- 京都大学大学院教育学研究科
- 雑誌
- 京都大学大学院教育学研究科紀要 (ISSN:13452142)
- 巻号頁・発行日
- no.66, pp.219-232, 2020
明治末期、高級紙『時事新報』の西における分身として創刊された『大阪時事新報』に入社した下山京子は、「化け込み」と呼ばれる変装潜入ルポを得意とした異能の記者であった。下山は自堕落な人物だったと考えられているが、女性記者の役割が限定されていた時代に、その枠を超える活躍をしたジャーナリストでもあった。夕刊発行のため自前の原稿調達の必要に直面した『大阪時事』で、下山は神戸の高級料亭「常磐花壇」への潜入など新しいニュースのかたちの開発に成功する。それは、首都に比べればニュースが豊富でない大阪でなんとか紙面を埋めるための「ニュースを作る」手法の誕生であり、同時にそれは、かならずしも社会正義の実現や権力の批判にこだわることなく、むしろ底辺への温かい共感に彩られた記事の出現でもあった。しかし、吹き荒れた三面記事批判の前に『大阪時事』は萎縮し、東京に異動した下山も大阪時代の輝きを失ってしまった。