著者
近藤 唯弘
出版者
JAPAN TECHNICAL ASSOCIATION OF THE PULP AND PAPER INDUSTRY
雑誌
紙パ技協誌 (ISSN:0022815X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.405-423, 1994

ここに一つの折れ線グラフがある。カナダの紙パ専門の業界誌「Papcr Tree」に掲載されたもので, ノースキャン5力国の市販化学パルプ出荷量とNBKPの価格を月別に表している。縦軸の左端は数量で70万tから200万tまで, 縦軸の右端は価格で300ドルから900ドルまでの目盛りとなっている。横軸は1975年から93年までの18年問で, 200カ月以上取ってある。この表を見てすぐ気づくことは, 出荷量が多少の増減を繰り返しながら少しずつ上昇し, 90年前後には毎月170万tラインを行き来しているのに対し, 価格の方は大きく上下にぶれながら推移していることである。そして75年以降93年までの間に5回の底値と5回の天井値を記録していることが分かる。パルプの価格は好・不況といった景気の循環に左右されることはもちろんだが, それが増幅されて非常に神経質な動きをすることはかねてから良く知られている。その理山の一つは, 市販パルプメーカーの中にスウィング・プロデューサー (Swing producer) と呼ばれるメーカーがあるからである。つまり, 製紙一貫のメーカーの中には, 紙の市況が良い時にはパルプを自家用に消費して外販しないが, 紙市況が悪くなると紙の生産を減らして余ったパルプを市販に回すところが出てくるからである。紙の市況がもっと良くなると, 日頃パルプを外販している一貫メーカーが, 外販をやめるどころかパルプの「買い」に回るケースすら出てくる。またカナダなどの生産地で時折りストが発生して需給を逼迫させたり, あるいはストに備えた仮需が出たり, これに投機的要素の加わった思惑買いが出て価格が急騰することもある。<BR>このようなスウィング・プロデューサーの行動がパルプの需給バランスを大きく左右し, 結果として価格の変動幅を増幅させてきた。その構造は現在も基本的には変わってない。しかし, 上例のグラフをよく見ると, 90年後半からの価格の下落が従来になく激しい。この原稿を書いている93年12月現在, 西欧におけるNBKPの価格は, 北部産一級品で400ドル前後であるが (12月から各社40ドルの値上げを打ち出し, 440ドルにすると言っている), この価格は85年の大底とほぼ同じレベルである。名目価格は同じでも, インフレを考慮した実質価格は当時よりも下がっている。価格は85年の底値からにわかに急転し, 以後はほとんど毎四半期ごとに上昇, 実に4年もの間, 棒上げ状態を続けたのである。しかし, 90年第1四半期には天井の840ドルを打った。それからは概ね反落の一途をたどる。4年間で今度は価格が半値以下に落ち込み今日に至った。とりわけ90年末から91年末にかけての落差が大きく, 1年問で40%も下落して500ドルになった。暴落といって良いであろう。その後やや持ち直して92年後半には600ドル近くに上がるがそれ以後再び下降した。メーカー側は操短によって需給の改善を図ろうとしたが効果はほとんど出なかった。このような暴落の背景には, 従来の定説とされてきた不況期の需要不振やスウィング・プロデューサー論では説明し切れないものがあるように思われる。何がこのような異常な事態を招いたのであうか。

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