- 著者
-
北村 匡平
- 出版者
- 日本映像学会
- 雑誌
- 映像学 (ISSN:02860279)
- 巻号頁・発行日
- vol.96, pp.68-88, 2016
<p>【要旨】</p><p> 本稿の目的は、占領期のスターダムのなかでなぜ原節子の価値が最も高まり、どのような大衆の欲望によって彼女のペルソナが構築されたのかを、敗戦後の社会・文化的条件に即して実証的に明らかにすることにある。これまでスターを対象とする研究は映画の表象に傾斜した分析が多かったが、スター研究の視座から、スターを取り巻く言説、とりわけファン雑誌におけるイメージやテクストと映画との関係を重視し、複数のメディア・テクストにおける原節子の個性的アイデンティティ構築が、占領期のジェンダー・セクシュアリティ規範のなかでいかなる価値を形成していたのかを探究する。</p><p> 原節子は、敗戦後に求められる理想的な女性像としての「理知的」で「意志」の強い主体的なイメージを戦中から準備し、戦前と戦後の連続性を引き受けることで、占領期に最も人気の高いスターとなった。彼女の映画のパフォーマンスと、雑誌のパーソナリティに通底する他者の身体から「離れている」ペルソナは、日本女性の身体をめぐるアメリカと日本の占領の言説において、文化的価値を高めることになった。彼女は戦後に現れた敗戦の歴史的トラウマを喚起するパンパンなどの「敗者の身体」とは決して重なることない〈離接的身体〉としての理想的ペルソナを言説によって構築していたのである。本稿では、占領期という歴史的コンテクストのなかで原節子がいかに価値づけされ、欲望されているのかを分析し、アメリカへの抵抗を可能にする原節子のスターペルソナを通して大衆の戦後意識を解明する。</p>