著者
辻村 亮彦
出版者
法制史学会
雑誌
法制史研究 (ISSN:04412508)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.73-108,en6, 2011

<p>本稿では、明治民事訴訟法施行以前に行われた「敬慎願」と呼ばれる裁判手続について、フランス法の継受という観点から検討を行う。<br>フランス(旧)民事訴訟法典四八〇条以下のrequête civileは、現在の「再審」に相当する手続であり、これに箕作麟祥が「敬慎ノ願書」という訳語を当てた。「丁寧な」「礼儀正しい」を意味するこのcivileという語は、この手続がフランス古法以来の判決取消手続に由来することを示しており、箕作の「敬慎」という訳語もそれを踏まえたものであった。<br>控訴、上告の制度が整備された後も、救済の必要がありながらもこれらの手続によっては救済されない事案があることが明治前期の司法官たちに認知され、その解決策をrequête civilに求めた。このような模索の一つの結果が明治一一年司法省丁第三四号達であったが、この達は大審院からの伺に対する事例判断に止まり、敬慎願に関する要件と効果を定める規範ではなかった。その後も裁判所と司法省との間の伺指令等により、相手方が決め手となる証書を隠匿していた場合と証拠を偽造していた場合に、判決の取消が認められるようになっていく。<br>明治一七年に入り、テヒョーによる民事訴訟法の編纂が本格化するのと軌を一にして、ボワソナードが敬慎願の規則制定に関する意見書を提出し、司法省は「民事訴訟手続」を編纂して従来の手続の内容を整理し、司法統計上も「敬慎願」が項目化され、一定の「制度」としての位置を認められる。しかし、「再審」の規定を置く明治民事訴訟法の施行までは、明確な法的根拠のない「敬慎願」が裁判上の慣行として行われ続けることになった。<br>このように、フランスのrequête civileに起源をもつ「敬慎願」は、日本の実情に合わせた改変を受け、法令による裏付けのないまま裁判慣行として定着しており、明治前期の「法の継受」の一つのありようを見ることができる。</p>

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