- 著者
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武田 善行
- 出版者
- 農業技術研究機構野菜茶業研究所
- 雑誌
- 野菜茶業研究所研究報告 (ISSN:13466984)
- 巻号頁・発行日
- no.1, pp.97-180, 2002-03
- 被引用文献数
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野菜茶業研究所(枕崎)のチャ遺伝資源は耐寒性の弱いアッサム種(約800系統)や海外からの導入中国種(約550系統)をはじめ組織的に収集された日本在来種(約1,500系統)などが多数保存されており、わが国のチャ遺伝資源研究を行う上で最も良い条件を備えている。 そこで、本研究ではこれら遺伝資源について種々の形質を取り上げその変異の多様性と種内分類との関係を解明した。外部形態では、成葉の形質、新葉の毛茸分布特性、花器形態の変異を明らかにした。また、遺伝資源の利用の面から耐凍性、耐病性(炭疸病、輪斑病)および葉内化学成分(カフェイン、タンニン)などの特性評価を行い、チャの種内分類の指標としての有用性と育種素材としての可能性を検討した。 次に、遺伝的多様性の解明と有用特性の育種への利用を図るため、近年短期間のうちに重要病害となったP.longiseta菌によって引き起こされる輪斑病を取り上げその抵抗性の遺伝様式を解明し、抵抗性に関する遺伝資源の表現型と遺伝子型を明らかにして本病に対する抵抗性育種の理論的裏付けを行った。 1.成葉の形態では、大葉種のアッサム種(var.assamica)と小葉種の中国種(var.sinensis)は葉長では8cm、葉幅では4cm前後で分類された。成葉の葉色は中国種のほうがアッサム種に比べて明るく、彩度が高かった。この2つの成分でアッサム種のグループと中国種のグループは明瞭に分類された。 2.新葉の毛茸分布特性では、毛茸の長さ、密度、分布の仕方によって23の分類型を作成し、アッサム種、中国種のチャ遺伝資源2,446系統を21の分類型に分類した。アッサム種は大きな変異が認められたが、中国種では変異が小さく、特に日本の在来種は97.7%の系統が分類型IV-9(毛茸が長い、密度が高い、全面に分布)に属し、ほとんど変異が認められなかった。中国本士の中国種は日本の在来種よりもやや変異が大きかった。インド・ダージリンの小葉種(Cd系統)は中国種の中では変異が大きくアッサム種の影響を受けていた。 3.花器形態の6形質(花の大きさ、雌ずいの抽出度、花柱分岐数、花柱分岐点の位置、花柱のくびれの有無、子房の毛の有無)について主成分分析およびクラスター分析を行い、アッサム種、中国種およびアッサム雑種などのグループに分けることができた。この分類で特に有効であった形質は、花柱のくびれと雌ずいの抽出度および花柱分岐点の位置であった。このためこの3形質を組み合わせて27の分類型を作成し、緑茶用の48品種を12の分類型に分類した。この分類型により'ろくろう'と'こやにし、'かなやみどり'と'NN12'および'べにほまれ'と'金Cd5'の3組の類似品種が識別可能となった。 4.紅花チャの紅色花色は劣性遺伝子(r)によって支配されており、r遺伝子の単純劣姓ホモであるr/rの遺伝子構成で紅色の花色となり、r/+あるいは+/+の場合に白色の花になった。また、r遺伝子の多面的発現により、紅色花色の個体はすべて根も紅色になっていた。このため、幼苗期に根の赤いものを選抜すれば確実に紅花個体を選抜でき、早期選抜が可能になった。 5.耐凍性の評価を「植物遺伝資源特性調査マニュアル(5)」に従って評価し、階級値2(極弱)から8(極強)の7段階に分類した。アッサム種では階級値3~4(弱~やや弱)、中国種では階級値6~7(やや強~強)に最も多く分布し、耐凍性はアッサム種と中国種の変種間で2~3ポイントの大きな差が認められた。 6.葉内化学成分のカフェインとタンニン含有率の変異では、カフェインは1.64~5.46%の変異を示し、タンニンでは9.37~26.82%の変異が認められた。アッサム種は中国種に比べて両成分ともに高く、その境界はカフェインで3.5~4.0%、タンニンで18~20%であった。また、中国種の中ではカフェイン、タンニンの両成分とも日本在来種が中国導入種よりも低く、インド、バングラディシュ、ミャンマーのアッサム種から中国本土の中国種そして日本在来種へと低くなる傾斜が認められた。 7.チャの炭疽病抵抗性の遺伝力はかなり高く、広義の遺伝力は0.73~0.86と推定された。チャ遺伝資源の炭疽病抵抗性は、アッサム種、導入中国種はほとんどが抵抗性7(強)を示したが、日本の在来種は抵抗性7(強)が53.4%、抵抗性6(やや強)が18.2%、抵抗性5(中)が17.0%、抵抗性4(やや弱)が6.0%、抵抗性3(弱)が5.5%で極めて変異が大きかった。日本在来種の抵抗性を収集地域別にみると、近畿地方の材料の変異が大きく、この地域では抵抗性5(中)の比率が最も高かった。これに対して、南九州(鹿児島県、宮崎県)の材料は抵抗性7(強)の比率が高く、約85%を占めた。これは南九州はチャの生育期間が長く、気温が高くて雨量が多いことから炭疽病の発生に好適な環境にあるため、在来種の長い栽培の過程で炭疽病に弱いものが淘汰された可能性が考えられた。 8. P.longiseta菌によって起こる輪斑病に対する抵抗性評価のために効率的な輪斑病菌分生子の人為接種検定法を検討した。接種源となる分生子の濃度は106個/ml程度でよく発病し、高度抵抗性、中度抵抗性、罹病性の品種間差異を検定できた。人為接種検定を行う時期は梅雨明け後の7月から8月中旬がよく、それ以前では低温と梅雨時の降雨の影響、9月以降は気温の低下が大きな阻害要因となった。人為接種後の降雨が発病に及ぼす直接的な影響は大体接種後5時間程度までであった。接種後の病斑の大きさによる抵抗性の判定は、接種後14~17日が適当であった。 9.P.longiseta菌によって起こる輪斑病に対する抵抗性は、抵抗性の異なる2つの独立した優性遺伝子Pl1(高度抵抗性遺伝子)とPl2(中度抵抗性遺伝子)によって支配されており、 Pl1はPl2に対して上位の関係にあることが解明された。 10.チャの輪斑病抵抗性に関する遺伝子型はアッサム種と中国種では大きな違いが認められた。中国種の中でも中国からの導入種と日本の在来種では各遺伝子型の頻度に違いが認められた。中国導入種は表現型では高度抵抗性が98%以上を占め、アッサム種と明瞭な差異はなかったが、遺伝子型では高度抵抗性遺伝子Pl1をホモに持つ系統の割合はアッサム種が72%であったのに対し、中国導入種は51%と低く、また、中国導入種では7種の遺伝子型すべてに対応する系統が認められるなど遺伝子型ではアッサム種よりもはるかに大きな変異が認められた。中国種の中では日本在来種の遺伝子型の多型が顕著であり、導入中国種よりもさらに大きな変異が認められた。日本在来種の場合、83%の高度抵抗性系統は高度抵抗性遺伝子を1つ持つことによって高度抵抗性になっていた。また、中国種に分類しているインドのダージリン原産のCd系統は、遺伝子型の変異が小さく、アッサム種に近い遺伝子型を示した。 高度抵抗性遺伝子Pl2の出現頻度はアッサム種で高く日本在来種で最も低く、中国本土の材料はその中間にあったことから、地理的な形質傾斜が認められた。 11.高度抵抗性遺伝子Pl1をホモに持つ系統について遺伝子型の解析を行い、'べにひかり、三叉枝蘭、PKS292'がPl1Pl1Pl2Pl2の遺伝子型、'Ace37'がPl1Pl1Pl2pl2、'Abo27、IRN17'、'IND75'がPl1Pl1pl2pl2の遺伝子型であることを明らかにした。これにより高度抵抗性遺伝子pl1と中度抵抗性遺伝子Pl2によって構成されるチャの輪斑病抵抗性の遺伝子型の9種類全部が確認され、それに対応する品種が明らかになった。 12.わが国の主要な88の品種および系統について遺伝子型とそれに対応する表現型を明らかにした。輪斑病に対して高度抵抗性品種の多くは海外導入種が関与している割合が高く、これら海外遺伝資源が輪斑病抵抗性育種に大きな役割を果たしていた。煎茶用の品種では罹病性の品種割合が高かったが、これは罹病性品種の'やぶきた'を交配母本として多用してきた育種結果と思われた。 チャ輪斑病抵抗性に関する表現型と遺伝子型により、'めいりょく、ゆたかみどり'および'しゅんめい'の来歴に疑問がもたれた。類似品種の識別では、'ひめみどり'と'S6'、'かなやみどり'と'NN121'は遺伝子型に違いが認められ識別可能であったが'ろくろう'と'こやにし'は表現型および遺伝子型が全く同一であり識別できなかった。 13.本研究ではわが国チャ遺伝資源の多様性とその育種への利用について野菜茶業研究所(枕崎)のチャ遺伝資源を対象に遺伝資源の各種形質の変異を明らかにし、分類学的な側面と利用の面から論議した。対象とした野菜茶業研究所(枕崎)の遺伝資源は昭和初期にインドから導入したアッサム種をはじめ中国およびその他の国々から導入した多くの海外遺伝資源を含んでいる。また、戦後組織的に行った日本在来種の収集や紅茶の指定試験地時代に育成した多くのアッサム種と中国種の変種間雑種などもあり世界に類を見ない多様なチャの遺伝資源を形成している。従ってここで行ったチャ遺伝資源の変異とその多様性に関する成果はわが国のチャ遺伝資源にそのまま適用できるものと思われる。