著者
渡辺 昭治
出版者
麻布獣医科大学
巻号頁・発行日
1976

薬剤の開発から各種実験等における実験動物科学のめざましい進展は近年特に著しいものがある。そこで著者は実験動物を用いFT-207〔N_1-(2-Tetrahydrofuryl)-5-fluorouracil〕の実験的腫瘍に対する制癌効果に関する研究をする機会を得た。FT-207はラトビア共和国科学アカデミー会員のHillerらにより制癌剤として合成された化合物である。FT-207は各種の実験的腫瘍に有効であるとされ、また臨床例においても特に腺癌(主に胃癌および大腸癌)に効果を示し、FT-207は動物実験および臨床例での毒性、副作用(吐気、嘔吐、めまい、下痢等)はDuschinskyらにより、antipirimidine剤として合成された5-Fu(5-Fluorouracil)に比べきわめて少ないとされている。FT-207は白色の無晶形粉末でdimethyl formamideによく溶け、Chloroformおよびmethanolにやや溶けやすい、融点は164~169℃で分子量は200.17である。5-FuはDuschinskyによりantipirimidine剤として合成され、白色または微黄色の結晶で、ほとんど無臭、水、エタノールにわずかに溶ける。Heidelbergerらによって著しい制癌効果を有することが報告された。作用はformate-C^14のDNAのチミジン酸へのとりこみを阻害することからDNAの生合成を阻害するといわれている。臨床的にはとくに大腸癌に有効であり、副作用として悪心、嘔吐、下痢、脱毛、血便、白血球減少などが頻発するといわれている。分子量は130,08である。FT-207の作用は生体内において徐々に抗癌作用のある活性物質に変換されDNAの合成阻害を示す。血中および組織内濃度が長時間持続すると共に毒性面においても低毒性であり、優れた抗腫瘍効果を発揮する。FT-207が本邦に始めて導入されたのは1970年1月であり、この時より日ソ共同での研究が開始され、著者は実験動物により毒性実験を実施し、これを基にして各種実験的腫瘍を用いて効力実験を行ない、あわせて生体内分布、排泄、代謝実験を実施した。 1. 毒性実験 マウス及びラットを使用した急性、亜急性及び慢性毒性実験の結果、FT-207は5-Fuに比べて毒性が低く、薬用量の約3倍投与による催奇型実験においても安全性が立証された。 2. 効力実験 FT-207の実験的腫瘍に対する制癌効果については、4n-Ehrlich carcinoma、Sarcoma180、Sarcoma37をマウスに、吉田肉腫、AH-130及びローダミン肉腫をラットにそれぞれ移植し、移植24時間後からFT-207をマウス及びラットにそれぞれ腹腔内投与及び経口投与した。そして腹水腫瘍抑制実験、固型腫瘍抑制実験及び延命効果実験を実施した。その結果、腹水腫瘍抑制実験では腹腔内投与においてSarcoma37に対し効果がみられた。固型腫瘍抑制実験では、腹腔投与において4n-Ehrlich carcinoma、Sarcoma180、Sarcoma37、AH-130、ローダミン肉腫の実験的腫瘍に対し効果がみられた。また経口投与においては吉田肉腫、AH-130において効果がみられた。延命効果実験では腹腔内投与において、Sarcoma37に効果がみられ、経口投与ではSarcoma180、Sarcoma37にそれぞれ効果がみられた。この様にFT-207は固型腫瘍に効果を示し、かつ副作用も極めて低い制癌剤であることが分った。著者はさらにFT-207坐剤投与における転移肝腫瘍の形態的変化を観察した。 最近転移癌の化学療法等による治療法が注目されるようになった。しかし転移肝腫瘍の治療法となると現在のところ確実に完治せしめ得る方法はない。治療法としては転移巣と共に肝を切除する方法、放射線治療等が行なわれているがあまり効果的でないようである。そこで残されたのは化学療法による治療法である。著者は、白色家兎の転移性肝腫瘍に対する化学療法を行ったところ、意義ある結果を得た。すなわち、著者は徳島大学医学部(井上教授)より家兎のB.P腫瘍をゆずりうけ、B.P腫瘍細胞数と肝腫瘍生に関する基礎的実験より、B.P腫瘍細胞数1.0×10^3個を盲腸上腸間膜静脈より注入する事により、転移肝腫瘍を発生させる事に成功した。そこでFT-207投与群5羽、FT-207無投与群5羽にそれぞれB.P腫瘍細胞を家兎の盲腸上腸間膜静脈より1.0×10^3個を注入し、肝へ転移せしめ、転移後28日目に肝を摘出し、転移肝腫瘍を形態的(肉眼的、病理組織学的)に比較した。肉眼的にはFT-207坐剤投与した家兎はFT-207坐剤無投与家兎に比べてB.P腫瘍数が少なく、B.P腫瘍の大きさもFT-207坐剤投与した方が著じるしく小さく、縮小効果を示した。 組織学的にはFT-207坐剤投与した家兎はFT-207坐剤無投与家兎に比べてB.P腫瘍組織と肝の正常組織との間にみられる細胞の反応層が広く、B.P腫瘍組織の増殖を抑制していることがわかる。FT-207を経直腸的に投与する坐剤が開発され、その血中濃度の推移から経口投与におとらぬ効果が期待され、経口投与不能症例に有用であると考えられる。又、中野等の行なったFT-207の使用経験でも扁平上皮癌に著効例がみられたと報告しておる。岡崎等は有効率の低かった腺癌の肝転移例の治療成績がFT-207の導入により向上したと述べている。 これらの事より本剤は投与方法が簡便で他の制癌剤に比べ長期にわたり投与でき、今後利用価値の高まる薬剤と考えられる。 3. Bioassay法によるFT-207の体内分布、排泄及び代謝実験 実験動物を用いFT-207の生体内動態をBioassay法で検討した結果、本剤は血中及び組織中で長く存在し、尿中への排泄も5-Fuに比べ著しく遅れる。更に長時間留まった本剤は徐々に抗菌性及び抗癌性の強い活性物質に転換されていく。特に経口投与において、この性質は助長される。FT-207及びその活性物質の長時間持続性は、5-Fu投与の際にはみられない特性であって、5-Fuよりも制癌作用の持続時間が長くなることを期待させるもので、臨床面での治療法を考える場合、その投与方法などに大きな示唆を与える。活性物質として5-Fu、FuR、FuRMP等に代謝され、これらの活性物質が制癌作用を示すものと考えられる。活性化は肝において最も強く、特に腫瘍組織内に活性物質が極めて高値にしかも長時間認められることは注目に値する所見である。

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