著者
小早川 令子
出版者
関西医科大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2017-06-30

匂いに対する恐怖行動は先天的と後天的なメカニズムにより制御される。私たちは、両者の情報は鼻腔内の異なる領域から始まる経路を介して脳へ分離して伝達された後に、恐怖中枢である扁桃体の亜核である中心核のセロトニン2A受容体陽性(CeA-Htr2A+)細胞において拮抗的に統合され、その結果、先天的恐怖が後天的恐怖行動に優先されるという階層性の存在を解明した。さらに、人工匂い分子ライブラリーを用いて最適化することにより、極めて強力な先天的恐怖情動を誘発する匂い分子群であるチアゾリン類恐怖臭(Thiazoline-related fear odors: tFOs)を開発した。嗅覚刺激に対する恐怖行動は嗅覚受容体遺伝子により制御されると考えられてきた。これに対して、私たちはフォワードジェネティクススクリーニングにより恐怖情報の入力を統合制御する遺伝子としてTRPA1を同定した。空腹マウスに対して餌とtFOによる先天的恐怖刺激を同時に与えると恐怖行動が優先され摂食行動が抑制された。この効果は後天的な恐怖刺激では誘導されない。TFO刺激は後天的な恐怖刺激とは異なり、CeA-Htr2A+の神経活動を抑制させ、その結果、摂食行動が抑制されると考えられた。一方、tFO刺激は代謝や体温の低下を含む多様な抑制的生理応答を誘導することは判明した。先天的恐怖刺激は危機応答性の代謝抑制モード誘導することで、摂食行動の抑制と生存を両立させると推定された。CeA-Htr2A+細胞の人為的な不活性化は、tFOが誘導する先天的恐怖行動を亢進するが、生理応答に関しては明確な影響を与えなかった。一方で、Trpa1遺伝子のノックアウトマウスでは恐怖行動に加え生理応答も抑制された。このことは感覚神経で統一的に入力された恐怖情報が扁桃体に至る以前の段階で複数のサブシステムにより分離して処理される可能性を示唆する。