著者
中山 新也
出版者
千葉大学大学院人文公共学府
雑誌
千葉大学人文公共学研究論集 = Journal of studies on humanities and public affairs of Chiba University (ISSN:24332291)
巻号頁・発行日
no.42, pp.17-34, 2021-03

[要約]大岡昇平『レイテ戦記』は〈準歴史書〉として扱われ、レイテ戦について書いた作品だとされてきた。しかし作中の記述をそのまま受け止めると、本作は語り手「私」による自分語りに他ならない。「私」は資料を読み、戦闘経過を共に知り、その中で「よく戦った兵」を「発見」する。本作が〈準歴史書〉として扱われてきたのは、レイテ戦の生の情報に接したいという読者の欲望を利用し、戦闘経過の解説において「私」が語るという事実が背景化されるように、「私」が隠蔽されていたからである。このように語られた「私」が何を意味するかについては、作品外の大岡の発言を追うことで明らかになる。すなわち、大岡自身が資料を読み、「尊敬」すべき「よく戦った兵」を「発見」したとしており、従って本作はレイテ戦の「事実」ではなく、大岡の体験の「事実」を、「私」が語る一人称の小説として〈創作〉したものに他ならないのである。