著者
井上 素子
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

自然系博物館は自然科学の普及をその使命のひとつとしているが,展示や普及活動においては,観光のついでに立ち寄った家族連れからセミプロまで,多くの人々を同時に満足させることが求められる.地質学や地形学を専門とする学芸員は,地球科学的な概念に対する知識と理解(以下「地球科学リテラシー」)が多様な人々を対象に,どうすれば地球科学のおもしろさを伝えることができるのか,常に試行錯誤している.日々の活動において,地球科学は他分野に比べて直接的にとらえにくい.例えば花や昆虫は直接観察しその生態を知るだけでも十分楽しめるが,岩石や露頭を目の前におもしろさを読み取ることは非常に難しい.おもしろさを感じられるようになるためには,相応な地球科学リテラシーが必要となるからである.必要とされる知識は,例えば時間軸や地史的な概念などであるが,学校教育において地球科学を体系的に学ぶ機会はほとんどない.平安時代と江戸時代のどちらが昔かを知らない人はいないが,ジュラ紀や新第三紀といわれても,ほとんどの人は「大昔」と思うだけである.また,日常生活において市民が露頭を目にする機会はほとんどなくなり,かつてたくさんいた「化石少年」や「鉱物少年」は「絶滅危惧種」となり,地質分野に対して苦手意識をもつ教員が多いという.地球科学はますます市民の日常生活から遠い存在となっている.地球科学を振興するためには,ベース層の拡大,つまり多くの市民に地球科学を身近に感じてもらい,そのおもしろさを知ってもらうことが重要である.このことは学芸員の使命であるととらえ,これまで活動してきたが,同時にその難しさも実感している.この課題をみごとにクリアしているのがブラタモリである.講演者は「♯79 秩父」「♯80 長瀞」に案内人として出演したが,ブラタモリの番組制作に携わる中で,地球科学のおもしろさを伝える上で重要となる下記の視点を再認識した.1)普段まったく地質や地形に興味のない市民の思考に即した展開をする.専門家ほど,市民が何をわからないのかがわからなくなる.インタープリター(テレビ番組においてはディレクター)の存在が必要不可欠である.2)地域に関する様々な分野の情報(自然科学・歴史・文化)を集約し,関連付け,市民生活に直結させる.自然科学は細分化されており,地域に関する様々な情報を集約・提供できる機関は少ない.地域の博物館の存在意義でもある.3)論理よりもストーリーを重視する.科学的事象を順序だてて理論的に説明をしがちであるが,おもしろさを伝えるためには,ストーリーが身近で興味の湧く内容であることの方が重要である.4)わかりやすくするために,正確性を犠牲にする勇気をもつ.「正確性の犠牲」には次のような種類がある.科学的な裏付けの責任を負うこととなる案内人としては,どこまでを許容するのか難しい選択を迫られる. ①研究の裏付けがあるが、段階を踏んで説明すると複雑なので「省略」する. ②諸説あり定説がないが、思い切ってひとつの説で説明する。 ③仮説をたてることは可能だが,研究対象とされていないので裏付ができない.②や③はできれば避けたいが,ディレクターや市民が抱く素朴な疑問のほとんどは③であり,③なくしておもしろいストーリー展開は難しい.5)科学的知識を説明するのではなく,知的に楽しむ姿を見せる.結局のところ,視聴者はタモリ氏が知的に楽しむ姿に同調しておもしろさを感じている.放映終了後好評をくださる視聴者も,案外と論理展開は覚えていないことが多かった.地球科学を楽しむ姿を見せることこそが最大のアウトリーチである.