著者
佐々木 恒男
出版者
日本大学
雑誌
産業経営研究 (ISSN:02874539)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.1-9, 2001-03

バブルがはじけて10年,日本経済は未だに立ち直れないでいる.不良債権の償却は一向に進まず,企業倒産は相変わらず多く,失業率も高止まりでのままで,個人消費は冷え込んだままである.中高年の再就職はいうに及ばず,大高中の新卒の就職はいずれも振るわず,国民の間には将来に対する一種の諦めと無力感がみなぎっている.それにもかかわらず,政治は能転気なもので,コップのなかの権力闘争に明け暮れている.株式相場と為替相場だけは正直なもので,日本の政治と経済にすっかり愛想づかしをして,それらは続落の一途を辿っている.この先,日本経済は一体どうなるのだろうか.このような状況のなかで,声高に主張され続けてきたのが市場主義という新しいビジネス・ルールである.人為的な規制を撤廃して,すべてを市場の選択に委ねるというアメリカ流のビジネス・ルールがまるで魔法の杖であるかのように喧伝され,長引く不況に困り果てた日本の経営者がなりふり構わずこれに飛び付いている.市場主義というアメリカン・スタンダードがグローバル・スタンダードと勘違いした日本の経営者は,先人が営々として築きあげてきた信頼取引という日本のビジネス・ルールをいとも簡単に投げ捨てている.それは単にビジネス・ルールの変更だけに終わらず,日本社会全体の価値や文化の変容をも意味している.景気はいずれ変動する.好機が来ればいずれ反転し,破局があればいつか再生する.その時,不慣れな市場主義原理に振り回されてリスクを乗り切った積もりの日本の経営者は,会社不信,会社嫌い,人間不信に凝り固まり,未来に希望が持てず束の間の享楽に生きる大勢の老若男女のリベンジに仰天し,信頼という企業資産の喪失の重大さに愕然とするだろう.