著者
佐久本 哲男
出版者
社団法人日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科學會雜誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.4-12, 1964-01-01

指尖容積脈波の臨床的応用はかなり古いが, 脈波計の使用時, 生体に接続する部分の装置の当て方によつてはその都度脈波の波形が異るものがかなり多くこのことが脈彼の臨床上の信頼性を欠いていた. 最近では性能のよいセシウム, カドミウムなどが現われ光電管プレティスモグラフは描写が正確であり容積脈波を測定するのに最上のものであることがわかり, 光電管を使用しこれにより末梢血管中に流入する血液量の変動状態を知ることが出来る, 産婦人科領域においても諸家は妊婦殊に妊娠中毒症にこれを応用して末梢血管拘縮のあることを認め, 更に症状発生を予測しうること, 後遺症予後判定からfollow upに役立つこと, 薬剤の効果判定などについて述べているが, 妊娠中毒症は全身の各臓器, 各組織の血管変化が主体であり, それに伴う複雑な病態像は果して単なる指尖容積脈波のみで全貌を掴めるか否かが問題である. 脈彼の成績が妊娠中毒症の臨床像と一致するという成績よりもさらに深く追求してその得られた所見が妊娠中毒症の種々な病態像のうちとくにどれと近似性をもつかを解明することに興味がある. この意味から種々の検査方法を行つてこれを追求した. 妊娠中毒症94例, 正常妊婦39例, 健康婦人32例, 子宮癌患者26例, 合計191例について検査を行つた. 指尖容積脈波を検査する装置として光電管MCP-71を用い波形の高忠実性を計り、従来の装置の最も欠点であつた指尖固定部に改良を加え, 波形を完全に安定させることに成功した. 脈波の判定基準を検討した結果Anacrotic wave, Plateau, 下向脚時間×100/波長時間が40以上のいずれかを示すものが不良であることを確定した. 妊娠中毒症では純粋型よりは混合型, 後遺症に脈被不良のものが多い事実を認めた. 妊娠中毒症の重軽度と脈波所見とは有意の関係がなく, 蛋白尿, 浮腫のみの所見から検討しても脈波所見と有意関係がないことと一致するものと考えられる. しかしながら高血圧のみをとりあげて検討すると脈波所見と有意関係にある. 妊娠中毒症患者の腎生検と脈波とは有意の関係が認められた. 又脳波, 眼底所見とも有意関係にあることが知れた. これらは高血圧と深い関係にあるためと考えられ, 一方年令の上昇するにつれて脈波所児の不良なものは著明に増加する. 妊娠中毒症の予後として後遺症を残すか否かを妊娠中に予知することについては確定的な結果は得られなかつた. 以上から脈波は妊娠中毒症そのものの病態像全部を表示するものでなく, 主として現存する高血圧の状態を知るのに参考となるであろう.