著者
児玉 絵里子

従来、主に歴史的観点から初期歌舞伎踊の系譜を考察した日本芸能史研究において、実体験を伴う「型」の理解と芸態研究は、未だまとまった考察が無く長年の課題として残されてきた。本研究は、琉球舞踊と綾子舞を実際に稽古する申請者が、自らの舞踊体験と美術史研究から得た「芸態の比較対照研究」という独自の方法を駆使し、琉球舞踊と初期歌舞伎踊の系譜について、舞踊体験を通じて明らかにした仮説―すなわち、綾子舞と沖縄の宮廷舞踊とが初期歌舞伎踊に由来するという仮説を、実証しようと試みるものである。 本研究により、従来、本田安次により漠然と関連が指摘されていた琉球舞踊(国指定重要無形文化財)と「綾子舞」(国指定重要無形民俗文化財、※以下国指定)の関係性について、特に、老人踊「かぎやで風」、若衆踊「若衆特牛節」や二才踊「上り口説」などの演目が綾子舞の小歌踊と一致して古歌舞伎踊の系譜にあると具体的に実証できた。また、以下の新知見が明らかとなった。同小歌踊に振りの一致する「宜野座の児太郎」(選択無形民俗文化財、※以下国選定)は、綾子舞の囃子舞と足の運びが類似する。琉球舞踊と「徳山の盆踊」(国指定)、「阿万の風流大踊小踊」(国指定)、「阪本踊」(国選定)、「古座(熊野地域)の扇踊り」、「対馬の盆踊(特に、対馬厳原の盆踊)」(国選定)ほか国内民俗芸能の型に、興味深い一致を見出すことができる。すなわち、沖縄に伝わる琉球芸能を軸として国内民俗芸能の芸態を比較対照することで、古歌舞伎踊の型がおぼろげながら浮かび上がるのである。一方で、初期歌舞伎踊に系譜する綾子舞は「秋保の田植踊」(国指定)と芸態が類似し、土地の特性という民族芸術的特質を型の構成に見出せるのである。また、絵画史研究・染織研究においても重要な新知見が見いだされた。すなわち、「舞踊図屏風」(重要文化財、京都市)ほか江戸時代前期に数多く制作された一人立美人図「舞踊図」は、「型」を決める踊り手の姿を鑑賞する意図のもと制作された可能性がある。芸態(型)の相関性が見いだせる民俗芸能の踊衣裳は、琉球紅型の踊衣裳における図柄の生成過程に重要な示唆を与える。 今後、本研究により明らかとなった次の課題、すなわち、八重山舞踊勤王流ほか王国時代琉球舞踊の古式が遺る八重山地方の芸能採取を中心に、国内民俗芸能と琉球舞踊の芸態比較対照研究をさらに進めて参りたい。本研究は、三菱財団からの助成なしには行うことが不可能であった。ご支援は助成者の強い励みと支えとなり、本助成が可能にした現地調査は、伝承活動に直接触れるかけがえのない体験となった。心より感謝を申し上げます。
著者
児玉 絵里子
出版者
鹿島美術財団
雑誌
鹿島美術研究 : 年報別冊
巻号頁・発行日
vol.2017, pp.297-307, 2018-11-15

「美術に関する調査研究の助成」研究報告 ; 2017年度助成