著者
冨田 善治
出版者
耳鼻咽喉科展望会
雑誌
耳鼻咽喉科展望 (ISSN:03869687)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.31-54,2, 1974-02-15 (Released:2011-08-10)
参考文献数
79

I研究目的: 近年微生物学的に注目をあびているマイコプラズマは,(1) 家畜, 鳥類で, 慢性気道炎をしばしばおこすこと,(2) 感冒様症状をおこす多くの諸因子の中の1っであり, 慢性気道炎の増悪をきたすこと,(3) 気道粘膜より比較的長期にわたり排菌され, 炎症を遷延せしめるのではないかと考えられていることなどより, 著者はマイコプラズマの慢性鼻副鼻腔炎の病態におよぼす役割について検索した。II研究方法:(1) 鼻副鼻腔よりのマイコプラズマの分離。正常人, 慢性副鼻腔炎手術患者および慢性副鼻腔炎急性増悪症患者の上顎洞ならびに中鼻道よりマイコプラズマの分離をこころみ, 分離株は標準家兎血清で同定した。(2) 血清疫学的研究。慢性副鼻腔炎急性増悪症患者および対照正常人血清にっいて, 補体結合反応 (C.F.), 間接赤血球凝集反応 (1.H.A.) を用いM.pneurnoniaeの抗体価を測定した。III研究結果および結論:(1) 副鼻腔炎手術患者98例の中鼻道より4例4.1%に, 上顎洞粘膜48例中1例2.1%にマイコプラズマを分離しえた。但しいずれも寄生性非病原性とされているM.salivarium, M.orale typeIであつた。(2) 慢性鼻副鼻腔炎急性増悪症患者108例の中鼻道より7例6.5%にマイコプラズマを分離した。但し病原性のあるM.pneumoniaeは分離されずM.salivarium, M.oraletypelであり, 分離された症例はいずれも口腔咽頭よりも同じ種のマイコプラズマを分離した。慢性炎を有する鼻副鼻腔の粘膜にマイコプラズマは定着しやすく, おそらく口腔咽頭よりのContaminationと考えられた。(3) 気道疾患のみられない正常人168例の中鼻道よりの検索では全くマイコプラズマは分離されず, 正常な鼻腔の細菌叢としてはマイコプラズマはみとめられないと思われた。(4) 非病原性とされるM.salivariurn, M.orale typeIにもLow virulenceを暗示する種々の毒性表現が知られており宿主の局所の感染防禦機構の減弱や抗生剤の使用により, Opportunistic mycoplasmal infectionの可能性も考えられた。(5) 昭和44年度に測定した慢性副鼻腔炎急性増悪症患者血清のC.F.抗体では同時期の対照正常群血清に比して高レベル抗体保有率は高く統計学的に有意差がみとめられた (X2testp=0.05)。すなわち鼻副鼻腔炎群11.5%に対し対照群4.0%であつた。I.H.A.抗体保有率は高レベル抗体で正常群2.4%に対し患者群11.5%で統計学的に有意差がみとめられた (X2testp=-0.01)。(6) 対照正常群の年令別抗体分布では有意の差はみとめられなかつた。昭和44年度および昭和46年度の正常人の抗体価分布を対比すると高レベル抗体が46年度は成人に全くみられず, 44年度のみにみとめられ, 44年度の東京近郊でのM.pneumoniaeの局地的流行を推定せしめた。(7) 血清疫学的調査より, M.pneumoniaeは局地的流行がみられれば, 慢性鼻副鼻腔炎の急性増悪因子としてかなりの役割をしめるのでないかと推定された。