著者
原口 省吾
出版者
一般財団法人 日本健康開発財団
雑誌
日本健康開発雑誌 (ISSN:2432602X)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.75-80, 2023-06-14 (Released:2023-06-14)
参考文献数
8

背景・目的 皮膚の一番外側に位置する表皮は、外界からの異物・細菌等の侵入から身体を守り、体内の物質が流出しないように包み込む薄い強固な膜である。表皮を形成する細胞は常に入れ替わりながら健康な表皮機能を保っているが、加齢や皮膚疾患では表皮細胞の入れ替わり(ターンオーバー)が低下し、表皮に隙間が生じやすくなる。本研究ではヒト表皮のターンオーバーに着目し、カルシウム-塩化物泉(カルシウムイオン)への入泉がヒト表皮細胞へ及ぼす影響をトランスクリプトーム解析により網羅的に解析した。方法 9名の高齢女性の皮膚組織から酵素処理により表皮を単離した。得られた皮膚は、1名分ごとに2つに分け、片方をコントロール群、もう一方をカルシウムイオン処理群とし、37℃で1時間培養した。コントロール群とカルシウムイオン処理群からそれぞれtotal RNAを抽出した後、トランスクリプトーム解析とそれに続くバイオインフォマティクス解析により遺伝子発現の差異を網羅的に比較解析した。結果 RNAの品質チェックをクリアした6名分を用いて解析を行った。カルシウムイオン処理群では757の遺伝子で発現量増加、68の遺伝子に発現量低下が見られた。これらの変化がどの様な表皮機能に関わるのか明らかにするために、Gene Ontology解析を行った結果、表皮細胞の分化・移動を促す遺伝子群の変化であることが明らかになった。考察 ヒト表皮を単離して解析に用いているため、厳密には入泉時のヒト皮膚の変化を完全に反映しているとは言い切れないが、カルシウムイオンを高濃度に含む温泉への入泉であれば表皮のターンオーバーに関わる遺伝子発現に変化を引き起こす可能性は高いと考えられる。塩化物泉では適応症に皮膚乾燥症があげられているが、塩化物泉とひとまとめにすることなく、今後、カルシウムイオン高濃度含有泉と低濃度含有泉で皮膚乾燥症の症状変化を解析するような研究が実施されると臨床的裏付けがもたらされることが期待できる。