著者
吉村 一良
出版者
物性研究刊行会
雑誌
物性研究 (ISSN:05252997)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.321-330, 2000-07-20
被引用文献数
1

最近注目を集めている、低次元量子スピン磁性体の実験(特に無機系)にスポットを当てて特集を組むことになった。このテーマは非常に新しく、最近流行のテーマの一つであるが、低次元磁性体の問題は実は非常に古い問題であって、古くから様々な研究が盛んに行われてきた。理論的にも扱い易いことから、Spin Peierls転移をはじめ、Bonner-Fisherモデル[1]、交替スピン鎖モデル[2]、ダイマーモデル[3]、ハルデンギャップ問題(F.D.M.Haldaneのお告げ)[4]、共鳴原子価結合状態(P.W.Andersonのお告げ)[5]、スピン梯子(ラダー)系についてのT.M.Riceの理論[6,7]、軌道秩序によるS=1系三角格子のスピン一重項形成(G.A.Sawatzkyらの予言)[8]などのいくつかの非常におもしろいモデル・予言(お告げ)が理論家によって提案され、それらをモーティベーションに盛んに研究が行われてきている。そしてご存じのように1986年に至って銅酸化物高温超伝導怖が二次元モット反強磁性体の近傍に発見され、そして、更には、アンダードープ超伝導体においてスピンギャップ現象が見つかり、高温超伝導の発現との関係が取りざだされるようになって[9-13]、低次元特有の量子効果としてのスピンギャップ現象が再認識・注目されてきていると言える。ここにあげたような低次元特有の、そして非常に魅力的な理論のお告げが有るわけだが、しかしながら、実際にそれに対応するような系が見つからないと、いくらおもしろいお告げであっても、机上の空論、絵に描いた餅と言うことになってしまう。純粋に理論だけに興味が有る場合はそれでも良いのかもしれないが、しかし実例が見つかり、現実が伴った方が格段に広範の興味を引くわけであり、そこで実験家の登場となるわけである。やはり、科学は自然をいかに理解していくかという学問であるのだから。(いろいろもの作りをやっているとつくづく自然は偉大だと思い知らされる。高温超伝導体のようなとんでもない物質がまだまだ自然界には眠っている気がする。)いや、実験家の立場からすれば実験が第一で、奇妙な振る舞いが実験によって見つかり、それを理論が説明していき、新しい概念が生まれてくるという、実験主導型の研究が理想であるが、いずれにしても言いたいことは、実験と理論との相互作用が大変重要で有ると言うことである。銅酸化物高温超伝導体が見つかっていなければ、固体物理・固体化学が現在こんなに注目されていないのではないかと思う。この特集号には、数々の低次元磁性化合物が登場するが、これらはみな低次元系の理論モデルの典型例、または、近い物質が多い。それは実験家の努力の結晶であり、また、理論家の有益なるモデル構築の賜であろう。さて、ここでは、この特集に寄せられた解説記事に必要と思われる理論のモデル・お告げを例に取りながら概説していこう。