著者
Yoshida Kenji 吉田 兼次
出版者
沖縄外国文学会
雑誌
Southern review : studies in foreign language & literature (ISSN:09136754)
巻号頁・発行日
no.5, pp.6-19, 1990-12

シェークスピアの悲劇『オセロ』の筋書は、ムーア人の将軍オセロが、彼の旗手であるイアーゴーの謀略にはまり、妻のデスデモーナが副官のキャシオと密通していると信じ込み、逆上してデスデモーナを暗殺してしまう。そして、オセロ自身も、後に謀略が発覚したとき、自害する、というものである。このような「だまし」を成立させるためにシュークスピアはどのような仕掛けをしたのだろうか。多くの研究家が、その成立をオセロの性格と、イアーゴーの戦略にあると見ているが、その二つの要素についてこれまでの研究が見落としてきた点がいくつかあるように思われる。本稿においては、それらの点を指摘しながら、オセロの性格、そして、彼の精神の崩壊をもたらしたイアーゴーの戦略を再分析した。オセロの性格の中心には外見を現実と思ってしまう性癖があり、それは、彼のうわベを重んじる性格、ひいては、社会が評価するものを身に付け、その承認を得たいという願望となって表出している。その願望は強く、彼の存在自体もその願望を成就できるか否かにかかっているほどである。軍人としての成功も、白人のデズデモーナの愛を勝ち得ることも、ヴェニスで偏見の対象となっているムーア人の彼にとっては社会に認められる手段である。そのようなオセロの存在のあり様をイアーゴーは見抜いており、彼は攻撃をオセロのその承認願望に向ける。イアーゴーは、最初は抽象的な言述、そして、オセロの精神状態が悪化するのに応じて、具体的なイメージや直接話法というふうに言葉を駆使し、オセロをして、彼がムーア人であるが故にデズデモーナはキャシオの下に走ったと信じ込ませる。社会の承認のシンボルであるデズデモーナが'不義をした'ということと、社会から敵視されている自分の素性を意識することとなったオセロは、社会から拒絶されたと思い込み、そういう事態の'原因'となったデズデモーナを絞殺する。イアーゴーの嘘が発覚したとき、デズデモーナを殺害したことで、今度は真に社会から拒絶されたと思い、生きていることの意味を失い、オセロは自殺する。以上を、「だまし」成立の理論として説明した。