著者
小俣 秀雄
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.88-110, 2013-03-30 (Released:2017-05-19)

本稿は,新製品開発によって経営革新を成し遂げた機屋と産地との相互の関係に注目して,山梨県富士吉田織物産地の革新性について検討することにより,産地の持続的なあり方を展望することを目的とした.本稿で新製品開発による経営革新の事例として取り上げたM機屋は,生産手段を持たずに,デザイン企画機能に特化して製品の提案を行う「テーブル機屋」という形態である.M機屋による新製品開発とそれによる経営革新には,企業独自の努力や論理が強く作用しているが,M機屋の要求に対応できる産地内の外注業者の技術レベルやそれらの業者の空間的近接も重要な成功要因であった.また,新製品が開発されるプロセスにおいて,外注業者のグレードアップや技術的範囲の拡大も見られた.これらのことから,個別機屋の新製品開発は産地と個別機屋に相互効果を及ぼすことが明らかとなった.現在の富士吉田産地においては,政府の施策を直接的契機として,性格を異にする企業の共同化が複数興っており,M機屋はこれらの企業間ネットワーク同士の結節点をなしている.かくして富士吉田産地では重層的・広域的で複雑な企業間ネットワーク構造により,M機屋の経営革新に関するノウハウの,他の機屋への伝播を促すソフトな仕組みが形成されつつある.これを産地全体のなかで位置づけると,従来の下請け的な構造のなかに,企業間の水平的ネットワークによって自立的な経営を目指す部門が生成しつつあり,二重構造的である.このような二重構造の深化は,富士吉田織物産地の持続的な在り方の1つの方向であるといえる.