著者
小泉 邦夫
出版者
社団法人日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科學會雜誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.23, no.5, pp.414-422, 1971-05-01

子宮筋の収縮弛緩機序は非常に複雑で, 明らかではないが, sex steroid hormoneが何らかの形で作用していることは多くの人が認めている. しかしその作用機序は不明であり, 子宮筋の細胞膜に作用する可能性もあり, また子宮筋収縮性蛋白質に直接作用することも大いに考えられる. そこで私は人子宮筋収縮性蛋白質, myosinおよびactomyosinを単離し, 分子レベルでそれに対するprogesteroneの効果を調べた. (1)精製されたmyosinは紫外部吸収曲線, 超遠心分析, およびATP sensitivityからほゞ純粋なものと考えられる. (2)人子宮筋のmyosin-ATPaseは若干の点で骨格筋myosinと異つた性質を示す(EDTAによる活性化等)が, 他の平滑筋myosinとはよく似た性質を示した. (3)しかしKCl依存性では他の平滑筋myosinおよび骨格筋myosinとも異なり, 両者の中間型を示している. (4)人子宮筋のmyosin-ATPaseに対するprogesteroneの効果は, 約16%の阻害がみられた. (5)actomyosinでもprogesteroneで約20%の阻害を示した. (6)人子宮筋actomyosinの超沈澱は骨格筋および他の平滑筋よりも超沈澱形成速度は遅く, 超沈澱形成量は増大し, progesteroneの効果は人子宮筋actomyosinのみに顕著であつた. 上記の効果はCaの濃度が10^<-6>Mの時に著しく, 5×10^<-4>Mではなくなる. 即ちprogesteroneは人子宮筋actomyosinのCa感受性を約500倍高めたと考えられる. この現象は人子宮筋actomyosin以外の系ではみられない. 以上のことから人子宮筋myosinは骨格筋myosinと異るだけでなく, 他の平滑筋myosinとも2, 3の点で明らかに違つた性質を示し, 特にprogesteroneによつて特異的に影響をうけることがわかつた. 就中(6)の結果はCa感受性の増大, 即ちprogesteroneが人子宮筋myosinと特異的に結合して活性中心の性質をかえ, progesteroneの存在しない時には収縮を起しえない低Caイオン濃度で収縮を引きおこす, 即ち子宮平滑筋細胞内へのprogesteroneの浸透による子宮筋収縮の調節の可能性を示唆するものである.