著者
岸田 修二
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.301-310, 2004-04-01

はじめに HIV(human immunodeficiency virus) type 1は中枢神経系を重要な標的とし,日和見感染症とは異なった神経学的症状を伴う。このHIV原発性中枢神経障害は行動,運動,認知などが様々な程度に障害される病態であり,HIV脳症(HIV痴呆)と称せられる。しばしばHIV脳症は,通常ほかのAIDS(acquired immunodeficiency syndrome)関連疾患が診断された後で,またCD4陽性リンパ球数が200/μl未満に減少しているHIV感染末期に発症する。時にHIV脳症がほかのAIDS指標疾患に先行することもある。 1996年以降,核酸系逆転写酵素阻害薬(nucleoside reverse transcriptase inhibitor:NRTI)とプロテアーゼ阻害薬(protease inhibitor:PI)あるいは非核酸系逆転写酵素阻害剤(non-nucleoside reverse transcriptase inhibitor:NNRTI)との組み合わせからなる強力な多剤併用療法(highly active antiretroviral therapy:HAART)がHIV感染の治療として導入された。このHAARTは血液中のウイルス負荷量を著明に減少させ,HIV感染者に伴う臨床経過に劇的な改善効果とQOLの向上をもたらした。HAARTは複雑な免疫学的改善の指標と考えられるCD4(+)リンパ球数の増加をきたし,日和見感染症の発生を抑制し,それによる致死率を著しく減少させ,さらにその後の報告でもAIDSの発症と死亡率の低下が維持されていることはHAART開始後まもなくからそれに続く幾多の報告1~6)から明らかである。同様にHIV脳症の発生数も40~50%減少した7, 8)。しかしながら,現在でもHIV関連中枢神経疾患は主要な死亡原因9)であり,HIV脳症ならびにHIV関連感覚優位多発ニューロパチーなどのHIVが直接関与した神経疾患はHIV感染患者の重要な疾病である。すなわち,HAARTはHIV/AIDS患者の神経障害の発症を完全には防御できないことを示している。多くの抗レトロウイルス剤は中枢神経への移行が少ないため,中枢神経系がHIVの聖域となり,主な標的である血管周囲マクロファージで,HIVが持続的に複製し,解剖学的reservoirとなる可能性がある。HIV感染は進行性・致死的疾病から長期間コントロール可能な慢性病へと変化しており,HIV感染症患者が延命するにつれ,これまでとは異なった形でのHIV脳症の増加が懸念されている。