著者
新谷 和輝
出版者
日本映像学会
雑誌
映像学 (ISSN:02860279)
巻号頁・発行日
vol.106, pp.34-55, 2021-07-25 (Released:2021-08-25)
参考文献数
33

映画作家パトリシオ・グスマンは母国チリの記憶をテーマにこれまで数々の作品を発表してきた。グスマンの作品における記憶の表象を扱った先行研究の多くはピノチェト独裁時代の被害の記憶を扱う1990年以降の作品を対象にしている。そのため彼の初期代表作である『チリの闘い』は「記録」の側面が重視され、「記憶」の視点から検討されてこなかった。本論文は、人々の証言によって構成される「証言映画」として『チリの闘い』を捉えることで、この映画が映し出す特異な記憶の様態を明らかにするとともに、この作品から証言映画の系譜に新たな視点を導き出すことを目的とする。第1節では証言映画の系譜の整理として、「表象不可能」な被害の記憶について『ショア』が提起した1980年代以降の議論と、同時期にラテンアメリカで起こった「証言の文化」を結びつけ、その流れに1990年代以降のグスマンの作品を位置付ける。第2節では1960~1970年代のラテンアメリカ映画運動における証言映画の働きを分析し、1980年代以降の証言映画との差異と共通の問題点を明らかにする。両時期の証言映画がこれまで別々に論じられ、『チリの闘い』はそれらの時期のはざまに生まれた作品であることを示したうえで、第3節では『チリの闘い』の制作経緯や証言の構成を考察し、当時の闘争を物語る人々の証言が、グスマンの主観性と結びつきながら新たな協働の可能性へつながれていくことを明らかにする。