著者
李 珠姫
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.98, pp.178-193, 2018

<p>村山知義の転向小説の第一作として知られている「白夜」は、転向したプロレタリア作家の英治と妻のり子の関係を描いた短編である。このテクストには、女性登場人物ののり子が、非転向を貫いている彼らの同志木村との恋愛を告白する一人称語りの物語が挿入されている。英治は、その話の聴き手となることによって、理想的同志との妻をめぐる想像的なライバル関係に入ることになる。このように「白夜」は、主人公が弾圧によって断ち切られてしまった同志との絆を、妻という他者の言葉を借りて仮構する物語となっている。この点において作者の村山は、このテクストを通して、転向した自分自身を承認していると言える。しかしながら、一方においてこの男性社会主義者同士の絆は、入れ子物語の担い手であるのり子の言葉そのものによって、運動の中でその絆を補助し媒介する存在として周縁化されてきた女性自身の主観を通して異化されている。本稿では、「白夜」の物語構造を、事物の左右が反転された像を映し出す〈鏡〉の特性に喩えて分析し、のり子の言葉がどのようにその異化を可能にしているかを論証する。</p>