著者
榎木 久薫
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, 2001-03-31

(典型的な)間接受身文「太郎は次郎に学校へ行かれた」は,補文「次郎が学校へ行った」で描かれる出来事に直接に関与しない語が主語に置かれる文である。このような文が成立するためには,主語が補文(で描かれる出来事)に何等かの間接的関与をするという意味補給がなされる必要がある。一方,使役文「太郎は次郎に学校へ行かせた」も同様に,主語は補文に直接に関与しないものであるが,指示や命令といった間接的・能動的関与がなされる(誘発使役文の場合)。このような使役文においては,補文は主語にとって好ましいことと解釈される。これに対して間接受身文では,補文は主語にとって好ましくないことと解釈される。この「迷惑」という心理的影響を受けるという解釈が,間接受身文における間接的関与の意味補給である。このような「迷惑」の意味は,間接受身文主語が補文に対して,使役文主語のような能動的関与の出来る立場にありながら,受動的に関与せざるを得ないことによって生じるものと考えられる。このことは,間接受身文と同様に,補文の心理的影響が主語に及ぶが,その影響が「恩恵」である受益文「太郎は次郎に学校へ行ってもらった」が,依頼や懇願という使役文と同様の能動的関与の意味を含むものであることと対比することによっても確認される。(典型的な)間接受身文の,主語の補文に対する関与は,使役文の成立を背景とした意味補給によるものと考えられるが,このことは間接受身文の述語動詞が非能格動詞(動作主を主語とする動詞)であることの理由ともなる。(典型的な)使役文は,主語が指示や命令という間接的関与によって補文の出来事を生じさせることを描く文であって,補文の主語はそれ自体動詞の動作をなす性質(動作主性)を持つことが必要である(述語動詞は非能格動詞である)。このような使役文を背景として間接受身文が成立することから,間接受身文の述語動詞も非能格動詞となるのである。