- 著者
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榎本 中衞
- 出版者
- 日本遺伝学会
- 雑誌
- 遺伝學雑誌 (ISSN:0021504X)
- 巻号頁・発行日
- vol.5, no.1, pp.49-72, 1929
- 被引用文献数
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4
(1) 茨城縣農事試驗場に於て甞て水稻糯品種「愛國糯」に年々少數宛の粳粒を混生する事實あり。著者は其材料の一部を得て系統栽培を行ひ次に示す事實を確めたり。<br>(a) 前記材料水稻品種愛國糯は年々少數宛の粳粒を混生す。其歩合は 1926-0.67%, 1927-0.16%, 1928-0.29%, 合計-0.44%なり。而して此突變粳の發現歩合は系統に依りて著しき變異を示し (合計M±σ=1.01±1.86) 不稔程度高き系統に於て寧ろ發現歩合高き傾向を示したり。<br>(b) 突變粳合計180粒に就て試驗せるに、すべて其翌代に於ては粳糯に分裂し其比は大約 3:1 に近し(糯歩合24.20%, D/P.E. 25%として2.76, 24%として0.69)。即ち突變粳は粳糯性につきてヘテロ状態にあり、且粳は糯に對して優性なるを示す。<br>(c) 突變粳の翌代の粳粒につき其次代を檢したる結果粳糯分裂系統と粳固定系統との割合は大約2:1に近し、(粳固定系統歩合31.56%, 理論歩合34%としてD/P.E.=0.89)<br>(d) 分裂系統に於ける粳糯分裂比は、其偏差を考ふるときは正しく3:1ならずして極少量の偏差を示す。即ち糯歩合を25%とするときはD/P.E=10.58にして偏差著しく大なるに反し之を24%とするときD/P.E=2.25にして偏差小なり。然るに前記分裂比は系統に依りて著しき變異を示し糯粒歩合を24%とするも尚偏差著しく大なる系統あり。<br>(e) 突變粳より生じたる粳固定系統に於ては糯粒を生ずることなし。即ち此場合に於ては逆轉化(Reversion)の現象を認めず。<br>(f) 1928年糯系統植物の花粉につき沃度反應に依りて花粉澱粉の粳糯性を檢したり。其結果愛國糯には約0.104%の粳花粉を混生することを認めたり(60頁附圖參照)。<br>(2) 上記の實驗結果に依れば、愛國糯に於て粳粒を混生するは、粳糯性を支配する遺傳因子(粳をGとし糯をgとす)に於て常に少數%のg→Gなる因子突然變異起るに依る。<br>(3) 此場合に於ける突然變異は恐らく配偶子形成のときに現はるものなるべし。如何と衣れば營養組織の細胞分裂のとき起るものとせば糯植物並にヘテロ粳植物の兩者に於ける粳粒の分布こ就き所謂モザイツクのもの存すべし。然るに本實驗の範圍内に於ては未だかくの如きモザイツク状植物を發見せられず。<br>(4) 配偶子に於ける粳粒歩合(<i>x</i>) (即ち突然變異歩合) を基礎とし之を實驗價0.10% となし、(1) 接合子に於ける粳粒發現歩合(2) 同上ホモ粳粒歩合、(3) 粳糯分裂比(4) 分裂系統と粳固定系統の割合等を計算したり。此數値は1928年に於ける實驗結果と可成よく一致せり。(63頁 參照)。<br>(5) 粳糯分裂比に於ける糯粒の不足は前記の如きg→Gなる優性因子突然變異に依つて當然起るべく、且此場合糯粒の著しく不足するものは不稔程度高き系統なるは恰も突變粳の發現歩合が不稔程度高き系統に多き傾向を示す事實と一致するものなり。即ち粳粒の發現歩合引いては粳糯分裂比に於ける糯の不足は共に不稔程度と關係するものゝ如し。然れども粳糯分裂比に於て系統に依り糯歩合の過多なる場合あり、此等は前記の突然變異を以て説明する能はず他に何等か粳糯分裂比を亂す原因の存在することを示すものなるべし。