著者
浜崎 俊郎
出版者
社団法人日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科學會雜誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.25-34, 1964-01-01

最近食糧事情の改善に伴い肥満者が増加し, 本邦に於ても漸く肥満症が医学的に注目される様になつたが欧米における程の関心は未だ寄せられず, 臨床的研究は極めて少い. 産婦人科領域の肥満者には性機能障害, 産科合併症が多いので, この点からも女性肥満は多く問題を残している. 私は肥満婦人について臨床統計的観察を行うと共に, 性機能や脂質代謝を検討し, 性機能改善や産科合併症の軽減を目的として治療を試み, 他方では本症と関係する若干の動物実験を行つた. (1)昭和35年から3年間の当科外来患者中肥満非妊婦68例, 肥満妊婦37例について, 肥満者の頻度, 婦人科的疾患, 肥満の契機, 月経, 既往症, 妊娠分娩時合併症等を検討した. (2)臨床検査は, 性機能検査としては子宮腔の長さ, 腟脂膏の角化係数, 子宮内膜像, 基礎体温等を検討し, 脂質代謝を窺うために, 血清コレステロール(Kiliani-Zak法), 血清燐脂質(酸化-沃度法), 血中焦性ブドウ酸(清水-島薗氏法), 血中α-ケトグルタール酸(清水氏法)を測定した. (3)動物実験ではdd系雌性成熟マウスを用いGoldthioglucoseを注射し, 体重, 摂取熱量, 腟脂膏からみた性周期に及ぼす影響や腹腔臓器に及ぼす影響を観察した. (4)治療には間脳に作用し食欲を抑制するといわれるCafilonと低カロリー食metrecalを使用し, 性機能, 詣質代謝の改善を計つた. (1)肥満非妊婦の頻度は15.9%で内分泌環境の急変する時期を契機として発生するものが55.9%で大半を占め, 月経異常は29.0%にみられ, 既往に異常妊娠分娩を経験したものが22.8%である. 肥満妊婦の頻度は4.1%で高令者, 経産婦に多く, 妊娠分娩時合併症では妊娠中毒症(7.1%), 弛緩性出血(12.0%)が多く, 児については過熟児が多い傾向にある(10.5%). (2)肥満婦人では子宮腔の長さは7cm以上のものが多い(75.0%)が, 腟脂膏の角化係数では40%以下のものが55%, 子宮内膜像では67.5%に異常を認め, 基礎体温曲線では典型的二相性を示さないものが37.5%で性機能障害が多いことが窺われた. (3)血清総コレステロールは肥満度と共に増加するが肥満度+50%以上では却つて減少した. コレステロールエステルも同様の傾向を示すが遊離コレステロールでは一定の傾向を認めない. 血清燐脂質, C/P比, 血中焦性ブドウ酸, α-ケトグルタール酸も大体肥溝度と正の相関を示すが, α-ケトグルタール酸は肥満度+50%以上では却つて減少した. (4)マウスにGoldthiogucoseを注射し肥満を発生せしめ得た. 摂取熱量の増加と持続的発情に次いで発情停止を, 腹腔臓器では子宮, 卵巣の萎縮を認めた. (5)Cafilon療法では体重減少は1カ月平均4.4kgで, 最高体重減少は124日間治療の21.3kgである. Metrecal療法では1カ月平均体重減少は5.1kgである. 治療により全例に自覚症状の改善を認め, 月経異常はCafilon療法により45.5%に改善した. 血中焦性ブドウ酸, 血清コレステロールは治療中一定の増減傾向を示さない. 結論)(1)肥満婦人には性機能障害が多い. (2)肥満妊婦では異常妊娠分娩が多い. (3)脂質代謝は肥満度+50%未満までは障害されているが+50%以上では却つて軽快している. (4)Goldthioglucose注射によりマウスに肥満, 性機能障害を認めた. (5)Metrecal療法はCafilon療法より優れている. (6)脱脂療法により性機能障害は改善されるが, 脂質代謝障害には一定の影響を及ぼさない.