著者
渡部 正浩
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.193-204, 2006-09-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
2

本稿では,非医療分野の精神衛生施設の経営や立地展開の事例として,東京都における臨床心理士オフィスの経営実態と立地パターン,および立地要因を明らかにした.わが国では,臨床心理士に関して国家的な制度がなく,身分や収入が不安定になりがちである.とりわけ,収入の安定化は臨床心理士オフィスの経営にとって大きな課題となるが,多くのオフィスはカウンセリングに向けて高く動機付けられ,長期継続が見込めそうなクライエントを獲得するために,医師や同業者からの紹介に頼る傾向がある.立地パターンについては,次のことが明らかになった.まず,神経症・心理的問題を臨床領域とするオフィスは,ターミナル駅付近と港区西部および渋谷区東部に立地が集中していた.前者は交通利便性を,後者はクライエントの多くは高所得者であると想定し,彼らが選好しそうな街を意識したためである.また,児童の問題を専門とするオフィスは,医療・福祉機関との近接性を意識して開業地を選定していた.児童の精神問題は,しばしば器質性を帯び,そして,児童のための福祉機関が利用者の需要に追いつけないという事情から,三者の連携が不可欠なのである.以上のように,経営面において主に医療機関への依存度が高い臨床心理士オフィスであるが,医師への従属度がより高いとされる「医療心理師」の新設を見据え,それらとの競合を避けるための新たな経営・立地戦略の模索も必要となろう.