著者
源 邦彦
出版者
カルチュラル・スタディーズ学会
雑誌
年報カルチュラル・スタディーズ (ISSN:21879222)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.127-150, 2020 (Released:2020-10-09)
参考文献数
80

支配集団である白人による黒人(米国アフリカ系奴隷子孫)の母語(黒人言語)に対する科学的ディスコースの構築という観点から、黒人言語に関する研究の歴史は四つの時期―第一期:異常英語論、第二期:誤謬英語論、第三期:欠陥英語論、逸脱英語論、第四期:民族英語論、固有言語論―に分けて考えることができる。各時代は特定の社会変動と社会構造に一致し、黒人言語についての研究は、諸権利獲得と人種間平等への機運が黒人のあいだで高まり、白人の既得権益が脅かされるとパラダイムシフトする傾向にあったといえる。 本研究で扱う第三期の欠陥英語論は、東西冷戦、1954 年の公教育施設での人種隔離政策に違憲判決を下したブラウン裁判、1964 年以降の各種公民権法制定など大きな社会変動のなか、黒人による権利要求の高まり、白人による既得権益の死守などが相互作用した結果、基本的には白人側が一方的に構築した科学的パラダイムであると考える。この時代は、アフリカやアメリカの黒人社会など非白人地域に関する研究、すなわち欧米中心主義的な知識の構築に向けて、米政府や同国慈善財団が社会科学に莫大な投資を行う時期で、黒人言語の言語的病理性を説く欠陥英語論、その言語的正当性を説く逸脱英語論という、黒人言語の解釈を巡り一見相対立する立場をとる両分野に対して投資が行われていた。本稿では、利害一致論(Bell 1980, 2004)の観点から、既存社会構造の維持に貢献し、その一部は時代横断的にも見られる、欠陥英語論の五つの特徴―カラーブラインド・ディスコース、誤謬としての黒人言語、疾患としての黒人言語、排除されるべき黒人言語、逃避的相関分析―を分析する。第二次世界大戦までの生物学的決定論に立脚した近代的人種主義とはある部分では決別した欠陥英語論が、どのようなディスコースを構築し、どのように人種主義を合理化し、どのように既存の社会体制を維持しようとしていたのか、利害一致論の視座か ら論究する。