著者
瀧川,仁
出版者
物性研究刊行会
雑誌
物性研究
巻号頁・発行日
vol.93, no.6, 2010-03-05

核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance、略してNMR)はその誕生以来60年余りにわたって精緻な発展を遂げ、今では物理学、化学に限らず、医学、生物学、材料科学など自然科学の殆どあらゆる分野において重要な実験手法となっている。本講義ではNMRの原理と実験手法を解説した後、固体物理、特に強相関電子系や量子スピン系の研究にどのように応用されているかを具体例にもとづいて説明する。トピックスとしては、フラストレートした量子スピン系のエキゾチックな基底状態や磁場・圧力による量子相転移、スピン・軌道・電荷の多自由度が絡んだ系における秩序と揺らぎ、unconventionalな超伝導体における秩序と励起、f電子系における多極子秩序のNMRによる同定などを予定している。NMRには1.特定の原子サイトを選択的に観測できる、2.原子核が磁気モーメントと電気四重極モーメントを併せ持つ場合には、磁性、局所構造、フォノン、電荷ダイナミクスなど、多種多様な物性に対するプローブとなる、3.核磁気緩和時間(T1、T2)からダイナミクスを知ることができる、という利点があるが、これらの長所をフルに発揮して価値のある結果を得るには、局所対称性をよく理解した上で合理的な実験を組み立てることが必要である。また実験上考慮すべきパラメータが多いので、注意深く実験を行わないと思わぬ落とし穴に陥る可能性もある。本講義では、NMRによる物性研究を志す方に、教科書には余り書かれていない、優れた実験を行うための急所・勘所のようなものを伝えることが出来ればと思っている。