- 著者
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礒井 俊行
- 巻号頁・発行日
- 1989-03-25 (Released:2009-04-16)
本研究は、主要マメ科作物の共生窒素固定の発現様相
を解析するとともに、その機能の増進を図るべく行われ
たものである。その結果、下記の知見が得られた。慣行栽培したダイズ、インゲン、ラッカセイの生育に伴う根粒着生、窒素固定能の推移を調査したところ、インゲンでは他の2作物に比べて根粒着生量、窒素固定能ともに顕著に低く推移することを認めた。また、窒素固定能の最大値は3作物とも開花期にみられ、それはラッカセイ>ダイズ>>インゲンの順に高かった。好石灰植物であるマメ科植物の根拉着生や窒素固定能に対するカルシウムの影響をダイズを用いて調べたところ、植物体の生育に必要とする濃度以上の高濃度のカルシウムが根粒着生を促進すること、しかもその根粒着生促進効果が発芽後の幼植物期に限って高濃度のカルシウムを与えても発現することから、根粒菌の植物根感染過程の促進によるものと推察した。しかし、その濃度のカルシウムを与え続けると窒素固定能が抑制されることも明らかとなった。箱の一面に観察用の透明プラスッチク板をはめ込んだ根箱を用いた栽培法か、根粒着生や窒素固定能の発現状況を経時約に、かつ詳細に調査する上で有効な手段となり得ること、およびプラスッチック板面を通して計測される根粒数と植物体の全根粒数との間には高い正の相関のあることを明らかにした。さらに、根箱栽培した植物根系をピンボード上に移すことによって、根粒着生および窒素固定能の根系上の分布を詳細に調査し得ることも明らかとなった。ダイズの根粒書生や窒素固定能に対する施用厩肥の影響を上記の根箱栽培法を用いて調査した。厩肥の施用方法(全層施用、作条施用)を異にした場合、根粒の着生
分布自体には大きな違いはなかったが、その着生量や窒
素固定能は全層施用区に比へて作条施用区において著し
く高かった。厩肥とそれを水洗することによって塩類濃度を低下させた水洗厩肥との施用効果を比較した試験では、根粒着生および窒素固定能か厩肥区に比べて水洗厩肥区において著しく高い値を示し、さらに水洗厩肥-全層施用区と水洗厩肥-作条施用区とを比較すると、前者では後者に比べて根粒着生、窒素固定能ともに良好であることが明らかとなった。また、後者では施用した水洗厩肥内にダイズ根が貫入しているにもかかわらず、根粒はほとんど着生しなかった。根粒着生および窒素固定能に対する厩肥の粒径の影響を調査した試験では、大粒厩肥区(粒径10~20mm)>無厩肥区>小粒厩肥区(粒径2.0~4.5mm)の順に根粒着生が良好となり、小粒厩肥区における窒素固定能が顕著に抑制されることを認めた。
これらの一連の根箱栽培法を用いた施用厩肥にかかわ
る試験結果より、ダイズの根粒着生および窒素固定能に
対する施用厩肥の影響が、その施用法、化学的性質およ
び粒径の違いによって異なることが明らかとなった。
インゲンの窒素固定能かダイズやラッカセイに比べて
顕著に低い原因を解析することを目的としたいくつかの
試験を行った。インゲン根粒菌の土着状況について調べたところ、インゲン根粒菌は農耕地、未耕地の区別なく広く分布するが、それらによる根粒着生あるいは窒素固定能は貧弱であり、農業上有益と考えられるものはごくわずかであった。なお、比較的窒素固定能の高い菌が、インゲン作付歴のある畑地に多く生息していることを見い出した。分離した数系統の有効とみられる根粒菌株の窒素固定能には大きな差異があり、さらに高い窒素固定能を示す菌株であっても宿主とするインゲン品種が異なれば窒素固定能に大きな差異を示すことを見い出した。また、インゲン品種の中には根粒着生の速度の速いものと遅いものが存在し、後者には根粒着生を抑制する物質が存在することを推察した。インゲンとダイズの着生根粒の粒径別分布を調査した試験では、インゲンにはダイズに比べて窒素固定能の低い小さな粒径の根粒が多く着生していることを明らかにした。さらに、ダイズと同程度の窒素を固定したインゲンの固定窒素の植物体各部位への移行を調査した試験では、根粒以外の植物体各部位への固定窒素の移行度合が著しく低いことを明らかにした。
種子殺菌剤として使用されるチウラムのダイズおよび
インゲンの根粒着生および窒素固定能に対する影響を根
箱栽培法により調査した。チウラムの種子粉衣は、ダイ
ズでは根系上位部における根粒着生の抑制、インゲンで
は根粒着生と窒素固定能の増進に働くことを見い出した。ダイズ根粒菌にはチウラム感受性のものが多く、インゲン根粒菌にはチウラム耐性を示すものが多く存在することを認め、そのことが上記の原因の一つとして働いているものと推察した。これらのことから、窒素固定能が高
く、かつチウラム耐性をもつダイス根粒菌とチウラムの
同時種子処理が、ダイズに対する根粒菌接種効果を増進
させる上で有益な手段となり得るものと考えた。また、インゲン、エンドウ、クローバーおよびアルファルファ根粒菌などRhizobium属のものは、チウラム添加培地で増殖可能であり、ダイズ、カウピーおよびアカシアなどに根粒を着生するBradvrhizobium属のものは、チウラム耐性を保有せず、チウラム添加培地での生育が認められないことから、チウラム耐性を基準にして根粒菌を2分し得る可能性を見い出した。ついで、市販の接種用根粒菌(A1017)のカスガマイシン耐性変異株であるダイズ根粒菌(A1017kas^+)の有効利用について検討した。同根粒菌株が土着根粒菌株に比べて高い窒素固定能をもち、かつ強いカスガマイシン耐性を有することを再確認し、ついで、カスガマイシンの種子処理が土着根粒菌によるダイズの根粒着生の制御に利用し得ることを明らかにした。さらに、カスガマイシン種子処理とA1017kas^+ 菌株接種を組み合わせて、A1017kas^+菌株の接種効果を検討したところ、良好な接種効果が得られることを確認した。このように、上記のチウラムを用いた試験より考察した薬剤とそれに耐性を有する有効根粒菌とを組み合わせた根粒菌の種子処理が、マメ科作物に対する有効根粒菌の接種効果の増進に寄与することを見い出した。さらに、上記の根粒菌接種法は、農業薬剤に代えて抗菌物質を産生する微生物とその抗菌物質に耐性をもつ有効根粒菌とを組み合わせた種子接種方法へ発展するものと期待される。