著者
竹森 一正
出版者
中部大学経営情報学部
雑誌
経営情報学部論集 (ISSN:09108874)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.175-188, 2013-03

わが国は昭和40年代後半の公害訴訟の時代から約半世紀を経過した。今日,留意すべきことは,体験の風化である。当事者自身がつらいことは話したがらないし,近親者もあえて聞こうとする姿勢が弱いから,体験の継承は徐々に困難となる。これは戦争体験の継承問題でよく示されている。犠牲者の住民が身体の痛みに耐えて横たわっていた家屋敷や布団,使用していた食器,使用していた着衣,急患の家族を運んだという自転車とリアカー,戸板(臨時に患者を搬送するために用いた板製の雨戸),衛生よりも利便を優先した川水を引き込む樋(トイ)などの生活の遺品が,生活様式の変化により不要品の扱いとなり,粗大ゴミとして廃棄されている。特に犠牲者が亡くなると,歴史的に貴重な証拠品である生活雑具は捨てられ,証拠の品々は急速に消滅していく。被害者当人は積極的に継承させないことが一般的であり,さらに当時の状況を物語る生活用品が消滅する状態は昭和の時代の情報を風化させるものとなり,公害という独特の惨禍に対する歴史認識が日々薄いものとなるかもしれない。以上の認識の下に,公害体験継承の状態を考察し,今後の公害研究の課題を検討する。