- 著者
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藤井 游惟
- 出版者
- 日本語学会
- 雑誌
- 國語學 (ISSN:04913337)
- 巻号頁・発行日
- vol.52, no.3, pp.91-92, 2001-09-29
上代特殊仮名遣いオ段甲乙音は条件異音に過ぎず,上代日本語も現代と変わらぬ五母音であったことは,現代日本語オ段音の発音を分析すれば完全に説明できる。そしてその条件異音に過ぎぬものが上代において書き分けられているのは,記紀万葉(森博達氏のいう日本書紀α群を除く)等上代文献を記述していたのが,母語においてオ段甲乙に相当する母音を明確に聞き分ける朝鮮帰化人であったからである。現代日本語オ段母音/O/は[o]〜[〓]にかけての許容範囲を持っているが,よく分析すると(1)ア・ウ段音に接続する/O/は円唇化する,(2)オ段音を強調し明瞭に発音しようとする意識が働くと/O/は円唇化する,(3)低音で発音される/O/は円唇化する,という三つの円唇化法則がある。この円唇化した/o/は[o]であるが,非円唇の/o/はいわば「手抜き」の発音であり意図して発音される[〓]ではなく,子音との関係により(4)オ→コ(ゴ)→ヨ→ロ→ノ→ソ(ゾ)→ト(ド)→ホ→モ→ポ(ボ)の順で唇の開きが小さくなり,モ・ポ(ボ)などでは/o//o/の差は殆どなく[o]の範疇に入る。この/o/が甲類,/o/が乙類と考えれば,有坂三法則((1)法則),ホ・モの書き分けが明確でなくコの書き分けが遅くまで残ったか((4)法則),なぜ単音節名詞に甲類が多いか((2)法則),「夜」「世」がなぜ甲乙で書き分けられているか((3)法則),などオ段甲乙音について知られている事実は全て説明できる。この/o/と/o/は日本語では条件異音に過ぎないが,朝鮮語ではこれらを/〓/[o]・/〓/[〓]として明確に区別する。そして朝鮮最古の韻書「東国正韻」でオ段甲乙に充当されている漢字の朝鮮音を見れば,甲類には明確に〓/,乙類には/〓/もしくは非/〓/の非円唇母音が現れる。しかも,記紀万葉成立時代には日本に663年白村江敗戦以降亡命してきた多数の朝鮮帰化人が存在し,文書事務に携わっていたことを示す直接・間接の証拠が数多ある。