- 著者
-
河口 浩介
藤本 優里
戸井 雅和
- 出版者
- 公益財団法人 腸内細菌学会
- 雑誌
- 腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
- 巻号頁・発行日
- vol.35, no.3, pp.155-163, 2021 (Released:2021-07-30)
- 参考文献数
- 77
乳がんは,女性において罹患率が最も高いがんであり,日本においても年々生涯罹患リスクは上昇の一途をたどっている.エストロゲン受容体,プロゲステロン受容体,HER2受容体,Ki67並びに組織グレードに基づく,Luminal A,Luminal B,Her2-enriched,およびトリプルネガティブのサブタイプ分類をもとに治療が行われる(1).乳がん罹患のリスク因子としては,遺伝的要因,ホルモン補充療法,生活習慣,食習慣,年齢,初経・閉経年齢,乳腺密度などが挙げられるが,これらですべての乳がんの罹患を説明できるわけではなく,さらには地域差,人種差ふくめて他のリスク因子を考慮する必要がある(2).近年ヒトの微生物叢(マイクロバイオータ)は,腫瘍生物学を含むさまざまな分野で注目を集めている.ヒトの宿主とマイクロバイオータの間には,ダイナミックかつ非常に複雑なネットワークが張り巡らされている.E-カドヘリン- β -カテニン経路(3),DNA二本鎖切断(4),アポトーシスの促進,細胞分化の変化(5),自然免疫系であるToll様受容体(TLR)との相互作用による炎症性シグナル伝達経路の誘発など,さまざまなシグナル伝達経路の制御に関わっていることが知られている.ヒトのマイクロバイオームとがんとの相互作用は,「オンコバイオーム」と呼ばれ(6),人間の宿主もまた,マイクロバイオータとそのメカニズムに影響を与えるとされている(7).乳がんにおいても腸内細菌との関連が注目されており,重要な研究が加速度的に進んでいる.マイクロバイオームは乳がんのリスク因子であり,薬剤の治療効果にも関連することが報告されている(8).常在細菌叢が乱されると微生物のバランスが崩れ,がんの発生につながる可能性が示唆されている(9).例えば,抗生物質(クラリスロマイシン,メトロニダゾール,シプロフロキサシンなど)が投与されると,一部の細菌群集の生物多様性や豊富さが減少し,腸内細菌叢のバランスが乱れ,乳がんの発症リスク上昇に関連することが示唆されている(10–12).また,健常者と乳がん患者では乳腺組織内マイクロバイオームの構成細菌叢と存在量に違いを認めたという報告もある(8).本項では腸内細菌と乳がんについて最近の知見並びに今後の展望を踏まえて解説する.