著者
坂下 健 西村 康宏 南野 彰宏
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.4, pp.204-212, 2014-04-05

素粒子の一種であるニュートリノは,フレーバーと呼ばれる3つの種類(ν_e,ν_μ,ν_τ)に分けられる.これら電荷を持たないニュートリノは,電荷を持つ電子・ミューオン・タウの3つの素粒子と対応し,合わせてレプトンと称されている.「ニュートリノ振動」は,ニュートリノが質量を持つため,あるフレーバーから別のフレーバーに変化する物理現象である.この解明は素粒子物理学において重要な研究テーマの1つである.東海-神岡間長基線ニュートリノ振動実験(T2K)は,3種間のニュートリノ振動のうち,ただ1つ未発見であったν_μとν_eの間の振動「ν_μ→ν_e振動」の長期測定を2010年から開始した.茨城県東海村にある大強度陽子加速器を用いて生成されたν_μが,295km先の岐阜県神岡町にあるスーパーカミオカンデでν_eとして出現する事象を探索する.このν_μ→ν_e振動の確率は,ニュートリノのフレーバー混合具合を表す3つの混合角のうちの1つ,θ_<13>の大きさでほぼ決まる.もしθ_<13>がゼロでなければ,まだレプトンでは知られていない「粒子・反粒子と空間対称性(CP)の破れ」が探索可能となり,ニュートリノ振動の測定によって宇宙創生の謎を解き明かす可能性を秘めている.しかし,θ_<13>は他の2つの混合角より値が小さく,どこまで大きさを持つか詳細は不明であった.T2K実験では,2013年4月までに6.39×10^<20>個の陽子から生成されたν_μビームから,28事象のν_e出現事象候補を測定し,背景事象数はθ_<13>=0の時に4.6事象と見積もられた.ここから,7.5σの有意度でθ_<13>がゼロでない大きさを持つ結果となり,ν_μ→ν_e振動の発見となった.一方,原子炉から生じる反電子ニュートリノ(ν_eの反粒子)が別のニュートリノになり消失する量を測定する3つの実験グループが,2011年のT2K実験最初の結果に続いてθ_<13>の測定値を報告した.これらの実験はCP対称性の破れの大きさに依存せずにθ_<13>を測ることができるため,ここ数年で混合角θ_<13>は精度よく分かってきた.残された課題であるレプトンCP対称性の破れの探求には,原子炉ニュートリノ実験によるさらに精密なθ_<13>の測定と,CP対称性の破れの大きさにも感度を持つ加速器ニュートリノ測定の双方が重要となる.また,T2K実験ではこれに加えて,ν_μの反粒子ビームを使い,単独でもCP対称性の破れを測定する予定である.T2K実験では,ニュートリノ振動でν_μからν_τやν_eへ変化しなかったν_μ残存量も測定して,他の混合角θ_<23>などを詳細に決定できる.2012年6月までの3.01×10^<20>個のビーム陽子数のデータを解析して,sin^2θ_<23>=0.514±0.082,|Δm^2_<32>|=2.44^<+0.17>_<-0.15>eV^2と世界最高レベルの精度を達成した.