著者
西田 梨紗
出版者
カルチュラル・スタディーズ学会
雑誌
年報カルチュラル・スタディーズ (ISSN:21879222)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.95-116, 2019 (Released:2019-10-21)
参考文献数
18

本研究の契機は、なぜローレンスとリーはヘンリーの悪夢のなかで、エドワードに兵隊の音頭をとるドラマーの役割を与えたのか、という疑問である。エドワードのモデルはラルフ・ウォルド・エマソンの息子エドワード・ウォルド・エマソンであり、エドワードはヘンリー・デイヴィッド・ソローを慕っていた。ヘンリーとエドワードの親しい関係は劇中で描出されている。だが、ヘンリーがみた悪夢のなかでは、エドワードには兵隊の音頭をとる役割が与えられており、彼にこの役割は不似合いであるために違和感を覚える。 この問いを明らかにするため、本研究ではまず1960年から1970年頃におけるソローの評価とともにベトナム反戦運動に着目し、Jail が執筆された時代背景を振り返った。次に、この戯曲中でアイデンティティの問題が主張されている場面と、権威に対する不服従の精神が描かれている場面を取り上げた。ここでは、ソローが生涯を通じて持ち続けたʻʻCivil Disobedienceʼʼ の精神をテーマにしたJail が、なぜこの時代に営利目的としない劇場や大学で次々と上演されていたのかをベトナム戦争における問題と関連付けながら考察し、当時求められていた精神を明らかにした。最後に、ヘンリーがみた悪夢の場面に着目し、戦場で兵隊の音頭を取るエドワードの姿はなにを意味するのかをWalden に流れるʻʻDifferent Drummerʼʼを鍵語に検証を行った。 検証の結果、エドワードに兵隊の音頭をとる役割のみならず、攻撃を受け負傷させることで、戦争がもたらす脅威を観客に訴えかけようとしたローレンスとリーの意図が明らかになった。また、彼らはヘンリーが登場人物たちに自分自身の存在を再認識させる場面を織り込むことで、当時の若者たちが模索していたアイデンティティの問題をも観客に投げ かけているといえよう。