著者
豊田 純子
巻号頁・発行日
pp.1-133, 2015-03-25 (Released:2017-03-08)

我が国の工業集積地では、現在個々の企業だけでなく地域全体での取り組みの一つとして、観光を用いた地域活性化手法が模索されている(須田2009)。また、岡村ら(2014)では、東京大田区での実践にもとづき、工業集積地の維持、発展のためには、産業振興・まちづくり・観光振興の3分野の総合的アプローチが重要であると述べられている。そうしたなかで、近年、「オープンファクトリー」と呼ばれる期間限定で地域内の複数の工場を一斉公開するイベントが全国各地で開催されている。これは、産業観光を出発点に産業振興やまちづくりに寄与することを目指しており、全国的な普及からもこのイベントに対する期待が窺える(川原ら2014)。しかし、オープンファクトリーが各地域でどのような背景のもと導入・活用され、実際どのような成果を得ているのか、明らかにされていない。そこで本研究では、まず、①オープンファクトリーがもつ特性を把握し、②その特性が地域特性や目的に応じて導入・活用されている実態や具体的方法を明らかにする。また、③工現行の行政施策の中で、オープンファクトリーが取り組める内容や、果たせる役割を示すことを目的とする。研究の主な方法は、ホームページやパンフレットをはじめとする各種資料の解読、企画運営者へのインタビュー調査、イベント視察である。第2章では、現在稼働中の工場を対象に地域全体で行われている様々な産業観光形態のなかでのオープンファクトリーの特徴を明らかにするために、日本観光振興協会主催の「産業観光まちづくり大賞」の歴代受賞プログラム23件を調べ、その観光対象の内容と体験方法を把握した。その結果、「単体工場見学」、「工場見学ツアー」、「工場景観見学ツアー」、「複数工場同時公開」の4つに分類できた。なかでも本研究ではオープンファクトリーと呼んでいる「複数工場同時公開」の特徴として、観光対象がモノづくり(工業、製造業)の生産現場から地域内の他の要素にまで幅広いことや、観光者がその現場の人との自由度の高い交流できることにより、モノづくりの現場をより幅広く深く理解しやすい状況をつくっている可能性が示唆された。第3章では、こうしたオープンファクトリーの特性を具体的に理解し、一般化する視点を得るために、東京大田区において筆者が参画する「大田クリエイティブタウン研究会」がアクションリサーチとして平成24 年より取り組んできた「おおたオープンファクトリーを事例に、その取り組み背景や意図、実施状況を調査した。その結果、「おおたオープンファクトリー」には、①イベント時に地域内の回遊を促進させる<回遊促進性>、②地域内の複数の資源をまとめてみせる<地域資源のパッケージ性>、③イベントの立ち上げを契機としてモノづくりに関連するまちづくり・産業振興・観光振興などの複数分野に継続的に取り組む<分野横断性>、④地域内の技術や職人の連携を顕在化・創出する<人および技術連携の顕在化・創出性>、⑤新たな活動創出のための社会実験の機会を生む<社会実験性>の5つの特性があることを見出した。第4章では、現在、「おおたオープンファクトリー」以外の全国8事例の内容を比較しその傾向を把握した上で、新たに追加すべきオープンファクトリーの特性があるかを確認した。まず、各事例はその実施目的や成果から、「オープンファクトリーの実施目的類型」として、「産業振興指向型」(墨田区、燕市・三条市、関市)、「住工共生型」(横浜市港北区、川崎市高津区)、「総合的地域振興型」(台東区南部、台東区浅草、大田区)、「観光振興指向型(尼崎市)」という4つの型に分けられた。販売や契約促進のためのファンづくりをその主な目的とする産業振興指向型については、来場者を惹き付けるためにデザイナーが企画に加わる傾向が確認された。住宅と工場が混在する地域において両者の相互理解を目的としている住工共生型では、イベントのPR や参加対象者を地域内に限定させていた。イベントを契機に工業集積地の継続的な発展のために産業振興・まちづくり・観光振興の3分野に総合的に取り組む総合的地域振興型は、開催地が都心で、徒歩圏内に多くの参加工場が集積している傾向があった。また、追加すべきオープンファクトリーの特性としては、イベントの立ち上げ背景の傾向から、既存の施設や敷地内でのイベントを、新たに地域に広げる<地域展開性>を見出した。第5章では、オープンファクトリーの導入・活用実態を把握するために、第3、4章でとりあげた全9事例を横断的にみて、オープンファクトリーの6特性が、「オープンファクトリーの実施目的類型」の4つの型に対して、どのような関係性があるかを評価した。その結果、どの目的類型でも、<回遊促進性>・<分野横断性>・<地域資源のパッケージ性>という特性は生まれやすい一方、<人および技術連携の顕在化・創出性>・<社会実験性>という特性は、総合的地域振興型のように、地域の持続的な活動を指向している地域でないと生まれにくいことがわかった。特に、<回遊促進性>については、産業振興指向型や、総合的地域振興型のような製品や企業をPRしたい特定の対象や目的がある場合は、対象別にテーマを特化させたツアー形式を導入している。<地域内要素のパッケージ性>については、工場と共に発展してきた商店街等との連携によって生み出されている例が多いことがわかった。第6章では総括として、以上6つの特性をもつオープンファクトリーが、地域活性化手法の中で果たしうる役割を明らかにした。本来は産業振興、観光振興、住工共生まちづくりなどにまたがる横断的課題であるが、従来は個別の施策の取り組まれていたものが、オープンファクトリーを通して、モノづくり関係者同士やそれ以外の人々との交流・コミュニティ形成、地域内外への情報発信の2点について効果を発揮して、横断的に取り組めることがわかった。 首都大学東京, 2015-03-25, 修士(観光科学)