著者
遠藤 尚志
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.258-260, 1991-05-10

1. 訪問活動の中から 私は日頃, 「体は病院にあっても心は地域にある」と宣言している。と言うのは, 病院に来られる方は, まがりなりにも必要なケアが受けられるからである。それならば, 在宅患者はどんどん病院に連れてくればよいかというと, そうもいかない。何故なら, 私の中心的な対象者である高齢で重症で痴呆も伴っていて, 発病から5年・10年あるいはそれ以上経過している, という人たちは, ただ病院に連れていったのでは, 「この人は言語訓練の対象にはなりませんね」と宣告されるだけに決まっているからである。病院で行われる言語訓練は, 障害の過程を分析した上で障害の構造を明らかにし, その中で外からの働きかけによって変化しうる部分に治療的介入を行なう, という原理に立脚している。この方法を, 一応「因果論的発想にもとづく治療原理」と呼ぶこととするが, これは言語療法に限らず, 理学療法においても作業療法においても, あるいは他の医学的な治療法においても共通した考え方となっている。そしてその淵源は, 近代科学の思考法にあるといってよいであろう。この因果論的な治療原理においては, 働きかけに対する患者の直接的な応答性を高めるということだけが, 専門職の関心事である。したがって, 治療の結果回復した能力をどのように使うか, ということについては専門職はタッチせず, 本人や家族たちに任されることになる。このような方法論が老人のリハビリテーションの分野でどのような結果を生んでいるか, ということを一人のケースを通じて示したい。