著者
須納瀬 淳
出版者
カルチュラル・スタディーズ学会
雑誌
年報カルチュラル・スタディーズ (ISSN:21879222)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.143-161, 2019 (Released:2019-10-21)
参考文献数
29

第二次大戦後から、カメルーンでは独立を求める人々とフランスとの間で戦争が行われた。独立した他のアフリカ諸国と比べたとき、この国には二つの特殊性がある。第一に、フランス植民地であった「ブラック・アフリカ」のなかで唯一、武力によって独立運動の弾圧が行われたこと。第二に、両国間で起きた戦争についての語りが、独立後のポストコロニアル国家および旧宗主国フランスの双方によって公的な場から排除されてきたということである。この意味で、それは文字通りの「隠された戦争」だった。 本稿では、カメルーンの戦争の認識をめぐるこうした困難な状況を辿った後に、国家が提示する公式の〈歴史〉に抵抗しつつ、この戦争について独自の視点から語ろうとしてきた作家たちの試みについて検討する。とりわけ、国家が歴史的な「真理」を決定してきたカメルーンのような国においては、いくつかの文学的作品は単なる「作り話」の範疇には 収まらない重要な意味を持っている。それらは、国家的〈歴史〉に対して、過去の出来事について複数の視点から為された作家たち独自の解釈による介入として読むことができる。 独立直後においては、その出来事についての語りが許されない状況下で、モンゴ・ベティは植民地主義の実態を告発するために小説を政治的ルポルタージュの代替表現として用いた。また彼より後、独立後に生まれた作家たちは、彼とは異なる観点や手法からその出来事にアプローチしているが、われわれはそこに認められる二つの特徴を重要なものとして挙げている。一つは独立闘争における女性の視点に焦点があてられていること。もう一つは過去が次世代に語り継がれる伝承が問題とされることである。 最期に、マックス・ロベの小説『打ち明け話』をとりあげ、アフロ・ディアスポラとしての主体が、戦争の過去と持つ特異な関係性を明らかにする。