著者
青木 裕志 浅見 志帆 飯野 瑞貴 小倉 加奈子 坂口 亜寿美 松本 俊治
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1266-1270, 2016-12-01

はじめに ホルマリンは,1890年Blumにより固定液への応用が試みられてから今日に至るまで,病理標本作製においては欠くことのできない固定液となり,病理組織学の発展に多大な貢献をもたらしてきた.その理由として,取り扱いが容易なうえ,細胞形態を良好に保持し,さまざまな検索目的に対する汎用性に優れる点が挙げられる. 当初,ホルマリンは単に水で希釈しただけの固定液として使用されていたが,免疫組織化学など新しい検査技術が導入されるに従い,より精度の高い染色結果が要求されることとなり,固定液の組成にさまざまな研究が加えられてきた.Lillieによって報告された中性緩衝ホルマリンは,現在使用されている固定液の主流となっている. ホルマリンは優れた固定液である反面,人体に対しては強い毒性を示す化学物質でもある.法規上“医薬用外劇物”や“特定化学物質第二類”に指定され,その取り扱いや作業環境の管理には,法的な厳しい規制が課せられている1,2).このように,医療従事者へのホルマリン曝露が問題視され,作業環境の改善が求められるなかで,調整済ホルマリン固定液(市販品)が普及してきた背景がある. 調整済ホルマリン固定液(市販品)は,メーカーにより若干異なるが,約3年の使用期限が設けられている(図1).これは,ホルマリンが永久的に不変のものではないことを意味している.つまり,保管の過程で徐々に性状が変化し,劣化が進み,十分な固定効果が期待できない時期がいずれやってくるということである.使用期限切れのホルマリンを使用することは,程度の差はあれ,組織標本の質を落とし,病理診断の精度に影響を及ぼす可能性をもっている. 本稿では,期限を過ぎたホルマリンの使用により起こり得るリスクや,必要以上の劣化を進めないために保管に際してどのような注意を払えばよいのかを,ホルマリンの性質を踏まえながら解説したい.