著者
高崎 郁子
出版者
日本映像学会
雑誌
映像学 (ISSN:02860279)
巻号頁・発行日
vol.108, pp.183-205, 2022-08-25 (Released:2022-09-25)
参考文献数
35

本論ではマイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーがコンビを組み「アーチャーズ」として製作したイギリス映画、『その信管を抜け!』(1949)の分析を行う。本作は「傷ついた男性性」を主題としており、その描写は同時代の他のイギリス映画と比較しても、他を圧倒するほど露骨に描かれている。そこで本論では、戦後映画という横断的な視点に『その信管を抜け!』を位置づける。そのうえで、『我等の生涯の最良の年』(1946)における第二次世界大戦後の傷ついた男性性の描写を「歴史的トラウマ」という概念から解き明かしたカジャ・シルヴァマンの考察から、作品に登場する特徴的な男性性を分析するために、映画においてとりわけ象徴的なウィスキーの瓶と爆弾のシークエンスを細かく確認し、それらがファルス的役割を持つことを明らかにした上で、本作における傷ついた男性性の特性を見出す。さらに、主人公をめぐる男性と女性の関係を、イヴ・K・セジウィックの「ホモソーシャルな欲望」を参照しながらテクスト分析することで、この作品が一見異性愛主義的なナラティヴを持ちながらも、実際は男性同士の強いつながりと、女性の徹底的な排除という特異なジェンダー構造を持つことを証明する。