著者
髙谷 掌子
出版者
京都大学大学院教育学研究科
雑誌
京都大学大学院教育学研究科紀要 (ISSN:13452142)
巻号頁・発行日
no.66, pp.69-82, 2020-03-26

本稿は、精神科医である木村敏(1931-)による西田哲学の「絶対の他」概念の解釈に注目して、<他者の苦しみに近づきつつ距離をとること>の意味を考察する。木村は、ハイデガーやビンスヴァンガーに影響を受けた現象学的精神病理学から出発しながら、京都学派の思想にも依拠しつつ、「あいだ」をキーワードとする臨床哲学を築いてきた。精神病を患者個人の異常としてではなく、医者と患者双方の「あいだ」に生じる出来事としてとらえる一方で、患者のみを「診断」し「治療」する木村の立場には葛藤が含まれている。この葛藤は、西田幾多郎が「絶対の他」という一語によって、「私と汝」の隔たりと結合を表したことと重ねられ、木村のテクスト中に繰り返し登場する。本稿は、木村の医師論、症状論、治療関係論における「絶対の他」概念の解釈および生命論におけるその乗り越えを検討したうえで、「生きる」という語に集約される関係の重層性を明らかにする。