著者
塩津 晃明 Akihiro Shiozu

本研究では,インターネットプロトコルの一つであるTCP(Transmission Control Protocol) の一機能である輻輳制御において,他のTCP データフローとネットワーク帯域を公平に共有しつつ,転送性能を向上させる方法について述べる.TCPは,インターネット等のコンピュータ端末間を接続する通信ネットワークにおいて,データ転送に用いられる標準的なプロトコルである.通信ネットワーク上のデータを転送する中継ルータでは,様々な端末からのデータが届くため,データを一時的に保存するためのバッファが不足する現象が発生する.これを輻輳といい,データ転送の遅延やバッファに収容できずにデータが破棄されてしまう可能性がある.これは,データの整合性を保障するために,破棄されたデータを再送する機能を持つTCP通信の場合,再送したデータによって,中継ルータのバッファ状況がさらに悪化する可能性に繋がる.そのため,TCPにはデータの送信レートを調整する輻輳制御という機能が備えられている.輻輳を解消するためには,送信側端末で送信レートを下げる必要があるが,必要以上に送信レートを下げることは,データの転送性能低下にも繋がるため,送信レートの下げ幅は必要最小限とすることが望まれる.そのため,輻輳を解消するための適切な送信レートの調整方法となる輻輳制御アルゴリズムの精度向上が重要となる.本研究では,送信側端末で入手可能な過去のネットワーク状況を示す情報と,自身の振舞いとなる送信レートを入力として,現在のネットワーク状況に適した送信レートを導出することにより,他のTCPデータフローとネットワーク帯域を公平に共有しつつ,効率的に帯域を利用することで転送性能を向上させる手法を提案した.本手法は,導出した送信レートに基いて送信されたデータの転送時間の増減から,ネットワーク状況がどのように変化したのか推定し,送信レートを導出する関数のパラメータを更新することで,輻輳を解消する適切な送信レートを学習するものである.国内規模の遅延環境を想定したネットワークシミュレーションに基づき,提案手法の転送性能について評価した.提案手法は従来法に対して,2つのTCPデータフローが帯域を共有した場合,TCPデータフロー間の転送量の差をおよそ10分の1に抑えつつ,平均スループットを最大で16.5%向上出来ることが分かった.また,近年新しくオペレーティングシステムに導入されている,TCP CUBIC,Compound TCPといった輻輳制御アルゴリズムは積極的に帯域を利用するため,これらの輻輳制御アルゴリズムによるTCPデータフローと帯域を共有する場合,提案手法側の転送性能が下がる問題があった.そのため,ネットワーク帯域を共有した他の輻輳制御アルゴリズムのタイプを推測し,送信レートの調整方法を変更する仕組みを提案手法に導入した.国内規模の遅延環境を想定したネットワークシミュレーション上において,異なる輻輳制御アルゴリズムと帯域を共有した場合のネットワーク帯域共有時の公平性について評価を行い,従来法では,2TCPデータフロー間の平均スループット差が最小で39.8%であるのに対して,提案手法の場合は,平均スループット差が最大で9.5%となり,他の輻輳制御アルゴリズムとも帯域を公平に共有出来ていることがわかった.以上の結果から,本研究により,国内規模のTCP通信において,他の通信データフローとネットワーク帯域を公平に共有しつつ,ネットワーク帯域の利用効率を高めることで,転送性能の向上を可能とし,その有用性が確かめられた.