- 著者
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NELSON Steven G.
- 出版者
- 法政大学文学部
- 雑誌
- 法政大学文学部紀要 = Bulletin of Faculty of Letters, Hosei University (ISSN:04412486)
- 巻号頁・発行日
- no.77, pp.13-36, 2018
日本には、奈良時代(8世紀)から鎌倉時代(13世紀)にかけて成立した琵琶の古楽譜には多くの独奏曲がある。これらの独奏曲は2種類ある。すなわち調絃を確かめるための短い「撥合」(「緒合」「絃合」とも)及び音楽的により豊かな内容を持つ「手」(「秘手」「調」「調子」とも)である。後者には、12~13世紀の琵琶の伝承の中で特に重んじられた「秘曲」、すなわち日本の説話文学などでも有名な≪流泉≫(≪石上流泉≫・≪上原石上流泉≫の2曲)、≪啄木≫、及び≪太常博士楊真操≫も含まれている。なお、現行の日本雅楽の演奏伝承では琵琶の独奏曲は演奏されておらず、ごく一部を除きその伝承は断絶してしまったと断定してよい。著者は、これらの琵琶独奏曲の全貌を明らかにするための研究プロジェクトを数年前から進めているが、本稿は主に次の3点について論じる。1.「撥合」と「手」の形式的特徴。「撥合」には同音反復を含むフレーズが多く、その特徴が「撥合」という名称の由来に関わるであろう。一方、「手」には多くの場合、旋律の反復とそれによる展開が見られる。2.「撥合」と「手」における調性。「撥合」には日本化した調理論による音階が用いられるのに対して、「手」には唐の調理論に忠実な曲と、転調・転均により調性が揺れる曲とがある。3.基本奏法やテンポの問題。13世紀初頭成立の琵琶師伝集『胡琴教録』(著者不詳)、楽書『知国秘鈔』(藤原孝道[1166-1237]著)及び楽譜『三五中録』(孝道の息子、藤原孝時[1189/90-1266]撰)における注記を読み合わせることによって、これらの点についてある程度類推が可能で、復元試演の実証性を上げることができる。また、古典文学における具体例として『源氏物語』「宿木」巻の一場面を取り上げ、1.琵琶独奏曲の伝承の断絶、および調絃名と調子名との混同のため、誤った解釈が横行していること、2.登場人物の自発的な発言が発端となって、後世に琵琶の秘曲伝授に関わる説話(『吉野吉水院楽書』、『古事談』、『十訓抄』等)が発生していった可能性があることについても言及している。