著者
武井 賢郎 TAKEI KENRO
出版者
松本歯科大学学会
雑誌
松本歯学 = Journal of the Matsumoto Dental University Society (ISSN:03851613)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.40-49, 2014-06-30

要旨【背景と目的】痛みは組織の障害や疾患を認識させる重要な感覚であるが,不快感や機能障害をもたらすことが多くQOL(Quality of Life)の低下につながる.しかしそのような痛みは,スポーツ等他の事に熱中している時は認知が低下するという事例が多数報告されているため,痛みの認知は行動や情動と密接な関係があることが示唆される.そこで,多様な条件を加えた時の侵害刺激に対する認知程度をVAS(Visual Analog Scale)を用いて調べた結果,音楽を聞いている時は痛みの認知程度が低下する事がわかった.そこで本研究では,音楽を聞くことにより疼痛閾値はどの程度変化するか,また侵害刺激に反応していた帯状回の神経活動は音楽を聞くことにより変化するかを検討した.【方法】被験者45名を対象に前腕内側と足首内側に電極を貼り知覚・痛覚定量分析装置(Pain VisionRPS–2100N:ニプロ株式会社)を用いて,無条件時と3 種類の音楽(ポップス・バラード・クラシック)を聞かせたときの知覚閾値(最小感知電流値)と疼痛閾値(痛み対応電流値)を測定し比較検討した.さらに,口腔内測定用の電極を舌・頬粘膜・上顎歯肉・下顎歯肉に置き,上記と同様に無条件時と3 種類の音楽を聞かせたときの疼痛閾値を測定し比較検討した.また,被験者8 名を対象にPain Visionから流れる電流80μAを侵害刺激として足首内側に与えた時の帯状回の神経活動を機能的磁気共鳴装置(fMRI)で調べ,無条件時と3 種類の音楽を流している時の活動状態を比較した【結果と考察】 前腕の知覚閾値では無条件と3 種類の音楽による4 条件下での有意差は認められなかったが,前腕の痛覚閾値,足首の知覚閾値,足首の痛覚閾値では4 条件下での有意差が認められた(Friedmantest:順にp< 0.001,p< 0.05,p< 0.01).また口腔内4 箇所においても4 条件下での有意差が認められた(Friedman test:p<0.01).各部位のそれぞれの2 条件をWilcoxon signed–rankstestを用いて比較した場合,前腕知覚閾値ではポップスとバラード,ポップスとクラシックの間に有意差が認められ,痛覚閾値ではクラシックと他3 条件の間に有意差が認められた( 2 条件間のうち後者が前者に比較して閾値が上昇).足首知覚閾値では無条件とポップス,無条件とクラシック,バラードとクラシックの間に有意差が認められ,痛覚閾値では無条件とバラード,無条件とクラシック,ポップスとバラード,ポップスとクラシックとの間に有意差が認められた.舌の疼痛閾値は無条件とバラード,無条件とクラシック,ポップスとクラシックの間に有意差が認められ,頬粘膜の疼痛閾値は無条件とバラード,無条件とクラシック,ポップスとバラード,ポップスとクラシックの間に有意差が認められ,上顎歯肉では無条件とバラード,無条件とクラシック,ポップスとバラードの間に有意差が認められ,下顎歯肉では,無条件とバラード,無条件とクラシック,ポップスとクラシックの間に有意差が認められた.fMRIの実験では,侵害刺激に反応を示した帯状回での神経活動がポップスを聞くことにより2 名,バラードを聞くことにより1 名,クラシックを聞くことにより2 名の被験者において減弱した.これらの結果より,バラードやクラシックのようなスローテンポの曲を聞くことは疼痛緩和に非常に有効であることが示唆された.これは音楽の気分や感情に与える心理的作用と痛覚伝導系への抑制作用によるものだと考えられた.