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「裏見寒話」 https://t.co/xFEkbWOGEL 湯村(湯島村に作る。府より凡一里西の方) 此温泉は腫物・濕病・疥癬・小瘡等に効あり。湯坪は藁屋根にて脇厚板はめ弐仕切なり。先年照御領分の時、戸田能登守寺社奉行勤役の頃、此地に湯治せられ効を奏せしと。山に熊野権現の社あり。六拾五段登る。
「裏見寒話」武田信玄は曽我五郎時致の生まれ変わり https://t.co/LkHmrUWvCa 縁起に曰、昔年信虎、今川の臣福島と當国飯田河原にて合戦に討勝、夢山にて祝莚を開く。然るに席上にて睡眠す。夢に人ありて、只今誕生の一子曽我時致の再誕也と。即城中より若君誕生の事を告げ来る。依て勝千代と號す。 https://t.co/Of1qTAf9lZ
「裏見寒話」 https://t.co/R8bulP7kKD 長閑堀 古府の北、田畑の中にあり。大なる淵なり。此淵の魚は一眼なりと云。長坂長閑の舊邸なりと云。
「裏見寒話」 https://t.co/d7pFe27OMM 雨畑の仙翁 府下より西南にあたり十二里余、身延山に續いて深山のよし傳云。先國主の時、山奉行の士一両輦主用にて彼山中に入り、折節霖雨厳上を濕して嶺に登ること能はず、半腹の小寺に止宿す。折から雨中の徒然圍碁を翫ふ處に、何処よりか一法師来りて、
「裏見寒話」 https://t.co/d7pFe27OMM 小豆洗の怪異 古府新紺屋町より愛宕町へ掛たる土橋有、其下は藤川なり。此所を深更(しんこう、深夜の事)に通るに、橋下にて小豆を洗ふ音聞ゆといへり。又疊町の橋の下も斯の如しと云。
「裏見寒話」 https://t.co/s0dJEaKyi6 佐五右衛門の草木 上石田村の農夫也。珍奇の草木を好み、三反余りの屋敷悉く草木を植ゆ。然れども、野菜等は植ゑず。梅・菊の種類尤も多し。性造樹を悪みて直なるを好み、松の如きは性の儘はひこらしむ。 ※こういう趣味も良いね……
「裏見寒話」 https://t.co/GfkXUhVuVX 笛吹川に獺ありて人をとると云。或日、愛宕町の磨工所右衛門殺生の為川を渡る。忽、水波起て天獺追来る。所右衛門岸上に逃去る。獺岸近く追来るを、所右衛門鉄炮にて打留る。其大さ犢(仔牛)の如し。獺はかはをそ、又川うそと云。
「甲斐名勝志」 https://t.co/qbFPasqVhS 秋山池 秋山村光照寺に今小池?云あり。土人傳言、国に変ある時は必ず此池水血の色に変じ、又山梨の御室山鳴動すとぞ。 山なしや 御室の山 なるときは 秋山の池 ちしほなるらん 此歌出所定かならねど、いにしへより人口にあればここに記す。
「甲斐名勝志」1783年 https://t.co/jyCrPXCreW 義清明神 西条村 相伝、武田義清朝臣の霊を所ㇾ祭也。義清は新羅三郎義光の三男なり。逸見冠者と號。久安元年乙丑七月廿三日卒、七十三歳也と武田系譜にあり。 ※(・_・D フムフム 単体で見たときはスルーしましたが、複数の書で見ると面白く感じる。
「甲斐名勝志」甲陽随筆より先かもしれない https://t.co/eLgJNBKog0 土人相伝。むかし上釜口村に権三郎と云者有、其母笛を好めり。権三郎孝行なる者にて笛を吹習ひ、常に母を慰めけり。或時母川を渡りて、あやまって溺死す。権三郎いたく歎き、夜昼となく川辺を尋歩行笛を吹、 https://t.co/MUoqwaA8pt
「甲水源委」 https://t.co/Pi16PM2wmj 天正年間。上釜口村民。有権三郎者。天資(生まれつきの資質)至孝(この上もない孝行)。以其母所好(好み)。常吹竿以慰其心。一日母渉(川などを渡る)子酉川。過而溺死焉。権三郎号泣不已。遂投身於其下流小松村深淵死。因名其死所曰権三郎潭。 https://t.co/MUoqwaA8pt
「甲斐国志」 https://t.co/RsQpGPogk0 菩提山長谷寺 (中略)血の池、胎内くだり、御広橋、幼障河原、龍燈。開の地蔵らの名あり、 「裏見寒話」 https://t.co/G2JaNZGrkg 山上に血の池と云有。婦女子抔は水色赤しとて驚き嘆ず(土地山中にて赭土也流水に土地移るか)
赤い池・赤い水 「裏見寒話」 https://t.co/RLx8GXXR9x 後は甲斐が根山と云(当社の山)御朱印にて社前の田野皆神領也。神詠の一首を伝ふ。 山梨や みむろの山の 鳴る時は 秋山池は 血しほなるらん 甲斐が根山に籠りてみむろの山あり、国に変あればみむろの山鳴動すと。

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